〜つきせぬ幻想に彩られた美しい物語群〜
およそ童話というものは、「童話」ではあるけれども、大人が読んでも味わい深く、いつも新しい発見があります。 なかでもアンデルセン童話は、つきせぬ幻想に彩られた美しい作品が多く、ファンタジーというカテゴリーのなかに入れてもいいくらいだと、管理人は思っています。 読者のイメージを喚起する物語群は、挿絵本や絵本など、さまざまなかたちで世界中の人々に親しまれ続けています。 このページでは、わたしの本棚に並んでいるアンデルセン童話の絵本や童話集を、まとめてご紹介します。 |
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ハンス・クリスチャン・アンデルセンHans Christian Andersen
1805年4月2日、デンマークのオーデンセに生まれる。
貧しい靴職人の息子として育ち、14歳で役者を志してコペンハーゲンに赴く。苦学しながら大学を卒業し、 詩作、劇の台本など様々なジャンルの著作活動を続け、1835年、30歳のときに代表作『即興詩人』で作家として認められる。 詩、小説、童話の各ジャンルで名声を得る一方、ヨーロッパ各地を旅することを愛したが、終生女性からの愛には恵まれず独身を通す。 彼が生涯書き綴った1057の著作のうち、童話として発表されたものは156篇。そのどれもに、アンデルセン自身の実体験が織り込まれている。 1875年、70歳で永眠。 「親指姫」「人魚姫」「雪の女王」など数多くの作品が、挿絵本や絵本などさまざまなかたちで刊行されつづけ、 今日なお「童話の王様」として、世界中の人々に愛されている。 |
「アンデルセン コレクション」リスベート・ツヴェルガー 絵/H・C・アンデルセン 作/大畑末吉 訳
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8編のアンデルセン童話に、ツヴェルガーが絵を添えた、とても美しい絵本。縦長の装丁もしゃれた一冊。
「皇帝の新しい着物」「マッチ売りの少女」などの有名なおはなしの他、「火打箱」「小さいみどりたち」など、 日本では比較的なじみの薄いアンデルセン作品もおさめられています。 ツヴェルガーの挿画の際立った特徴は、ありきたりな場面を決して描かないこと。彼女が描くのはいつも、物語の行間をうめる、意外な瞬間ばかり。 そんな挿画は、アンデルセンなどの有名な作品を読むときに、読者が陥りがちな先入観を払拭してくれます。 どの挿画も印象的ですが、「眠りの精のオーレ・ルゲイエ」の死神の絵は、とりわけ心に残っています。 少し違った切り口から、アンデルセン童話を楽しみたい時に。 ※ この絵本のテキストは、下記で紹介している『完訳 アンデルセン童話集』(岩波文庫)と同じものです。 →Amazon「アンデルセンコレクション」 |
「えんどう豆の上にねむったお姫さま」アンデルセン 作/ドロテー・ドゥンツェ 絵/ウィルヘルム・きくえ 訳(太平社) |
おきさきにふさわしい「ほんもののお姫さま」を探して、世界じゅうをまわったけれど、なかなか見つけられない王子さま。
ある嵐の夜、王子さまのお城に、ひとりのお姫さまが現われます。雨にうたれあわれな姿をした彼女は「わたくしはほんもののお姫さまでございます」と言うのでした。 そこで王子さまの母上は、一計を案じ、お姫さまの眠るベッドに、ひとつぶのえんどう豆を忍ばせました…。 『えんどう豆の上にねむったお姫さま』は、アンデルセンの童話で、ごく短いお話です。 嵐の夜に現れたお姫さま。何枚も何枚も重ねたふとんの下に、ただひとつぶ忍ばせたえんどう豆が痛くて眠れなかったという彼女こそ、ほんもののお姫さまだと認められたという、なかなか印象的なお話です。 一冊にするには短すぎるほどですが、ドロテー・ドゥンツェの絵が個性的で、ピンク色の表紙もかわいらしく、中の絵もピンク色が基調となっていて、たいへん愛らしい美しい絵本に仕上がっています。 雨の中、召使たちが、お姫さまのふとんにしのばせるための「えんどう豆」を菜園にとりにいく場面が見開きで描かれているところなど、文章にあらわされていない場面が丹念に描きこまれていて、物語の奥行きを感じさせる挿絵になっていると思います。 また登場人物たちのまとう衣装の、テキスタイルの鮮やかさなど、細部の描写も見逃せません。 →Amazon「えんどう豆の上にねむったお姫さま」 |
「赤いくつ」アンデルセン童話角田光代 文/網中いづる 絵(フェリシモ出版) |
たったひとりの家族である母親を亡くしたカーレンは、お金持ちのおくさまにひきとられ、大きな屋敷で暮らしはじめます。
カーレンはうつくしい女の子でした。教会にあたらしい赤いくつをはいていったカーレンは、おくさまに注意されますが、またはいていってしまいます。 やがて年老いたおくさまが病気で床に伏せると、カーレンはおくさまの看病をしなければならないのに、なんと赤いくつをはいて、舞踏会に出かけてしまいました。 しかし舞踏会に向かううち、カーレンの足は勝手に踊りはじめ、彼女を町はずれのくらい森に、そして薄気味の悪い墓地へと連れていってしまうのです…。 この『赤いくつ』は、フェリシモの「おはなしのたからばこ」シリーズの一冊。 角田光代さんと網中いづるさんのコラボレーションで、アンデルセンの怖ろしくも美しい物語が、繊細に描き出されています。 網中いづるさんの絵は、以前から好きなタッチだなあと思っていました。細かく描きこむのではなくて、あかるい色合いの筆をざっくり走らせる感じの網中さんの画風は、メルヘンの世界を描くのにぴったりではないでしょうか。 思ったとおり網中さんの描くカーレンはとても美人で、随所に乙女心をくずぐるディテールが散りばめられています。カーレンの青いワンピースとタイツ、魅惑的な赤いくつ、いばらの中に咲く赤いばら…。 水色の地に白で、木や草花のからみあった模様が刷られている見返しも、さりげなく素敵。 さて、『赤いくつ』という童話は、子どものころ絵本を読んだときは、ただ怖いおはなしだなあとしか思わなくて、大人になって文庫本で再読してからも、改めて恐ろしい描写に驚いたのだけれど、角田光代さんのテキストで、この童話をふたたび味わってみると、また違った感想がありました。 「赤いくつ」というのは、自分をきらびやかに飾って、実際以上のものに見せたいという、人間の虚栄心をあらわしているのかなあ、なんて。 虚栄心にとりつかれ、いつしか踊りたくもないダンスを踊らされ、いばらの森や冷たい川や荒れ野に踏み込んでしまう…。 人間の業とでも言うのでしょうか、深いなあと考えさせられ、当代の人気作家が童話を語りなおす意味を感じました。 そしてやはり、こんなふうに語りなおすことのできるアンデルセン童話は、つねに新しい発見がある、ほんとうに面白い作品だと感じ入りました。 →Amazon「赤いくつ―アンデルセン童話 (おはなしのたからばこ 11)」 |
「モミの木」ワンス・アポンナ・タイム・シリーズH・C・アンデルセン 原作/マルセル・イムサンド リタ・マーシャル 写真・構成/小杉佐恵子 訳(西村書店) |
『モミの木』は、西村書店から邦訳版が刊行されている、<ワンス・アポンナ・タイム・シリーズ>の中の一冊で、
斬新な切り口の絵本がたくさんラインナップされたシリーズのなかでも、とりわけ異色の作品です。
アンデルセンの有名な童話「モミの木」を原作とした写真絵本(モノクロ)なのですが、ただ木や森を撮ったものではなく、主人公であるモミの木は、なんとちいさな男の子。 この男の子が美しい森の中に佇む様子、そのあどけない澄み切った眼差し。 かなしい結末であるだけに、モミの木=男の子の姿が、なんとも清らかで痛々しく、胸に迫ってきます。 雪の白さや陽の光の美しさ、愛らしい動物たちの様子も魅力的。 大人も楽しめる斬新な趣向のこの『モミの木』、クリスマス絵本としてもおすすめの一冊です。 ※<ワンス・アポンナ・タイム・シリーズ>は、第一線で活躍するイラストレーターやアーティストたちの自由な発想で、おなじみの民話や童話のあたらしい魅力を紹介する、要チェックの絵本シリーズ。 写真絵本『赤ずきん』『モミの木』のほかにも、さまざまな技巧を用いた数々の異色作がラインナップされています。こぶりでひかえめな装幀もおしゃれ。 →「写真絵本はたのしい」はこちら →Amazon「モミの木 (ワンス・アポンナ・タイム・シリーズ)」 |
「雪の女王 アンデルセン童話集1」エドマンド・デュラック 絵/荒俣 宏 訳(新書館) |
イギリス挿絵黄金期の実力派絵師エドマンド・デュラックが絵を寄せた、美しいアンデルセン童話集。
収載作品は「雪の女王」「豆つぶのうえに寝たお姫さま」「皇帝の新しい服」「風の話」の4編。 挿絵は「雪の女王」から7点、「豆つぶのうえに寝たお姫さま」から1点、「皇帝の新しい服」から1点、「風の話」から3点、 全部で12点のカラー絵が収録されています。 「雪の女王」や「風の話」は人生の真実を描いて奥深く、大人にこそ味わい深い童話ではないでしょうか。 この新書館版では、荒俣氏の訳文が優美で美しく、デュラックの挿絵は幻想の美と人生の悲しみとを、見事に描ききっています。 表紙にもなっている、氷の城に座す雪の女王を描いた一葉などは、つめたく凍りついた美しさに圧倒されます。 →読書日記に書いた、この本の感想はこちら →Amazon「雪の女王 アンデルセン童話集(1)」 |
「人魚姫 アンデルセン童話集2」エドマンド・デュラック 絵/荒俣 宏 訳(新書館) |
イギリス挿絵黄金期の実力派絵師エドマンド・デュラックが絵を寄せた、アンデルセン童話集の第2巻。
収載作品は、「人魚姫」「夜なきうぐいす」「パラダイスの園」の3篇。 挿絵は「人魚姫」から5点、「夜なきうぐいす」から4点、「パラダイスの園」から3点、 全部で12点のカラー絵が収録されています。 収録作品は3篇とも、とても美しくて、感慨深い物語。デュラックの挿絵が、アンデルセンの創造した広大な異世界を香り高く彩って、読者を誘います。 「人魚姫」で描かれる、水中の風景の幻想的な美しさ。シノワズリともいうべき作品「夜なきうぐいす」 では、 遠い東のはての、神秘的な異国としての「中国」が見事に描かれ、ことに印象的です。 『雪の女王』と『人魚姫』、2冊のアンデルセン童話集におけるデュラックの挿絵は、非常にリアリスティックに描かれており、 だからこそ幻想の風景に、現実に在るもののような迫力を感じます。 異界に向かってひらかれた窓をのぞきこむような味わいは、デュラックの挿絵ならではのものでしょう。 →読書日記に書いた、この本の感想はこちら →Amazon「人魚姫 アンデルセン童話集 (2)」 |
「空飛ぶトランク アンデルセン童話集3」カイ・ニールセン 絵/荒俣 宏 訳(新書館) |
新書館のアンデルセン童話集、第3巻はカイ・ニールセンの挿絵です。
収載作品は、「ひつじ飼いの娘と煙突そうじ人」「丈夫なすずの兵隊」「豚飼い王子」「オーレ・ルゲイエ」 「空飛ぶトランク」「ほくち箱」「ニワトコかあさん」「ある母親の話」の8編。 挿絵は「ニワトコかあさん」以外1点ずつ、全部で7点のカラー絵が収録されています。 ニールセンの画風は、『おしろいとスカート』『十二人の踊る姫君』の挿絵とはまた違った、 メルヘンの雰囲気をよくあらわしながらも、あっさりとしたものになっています。 訳者である荒俣氏の解説を参照しますと、アール・デコ調の画風とのこと。 アール・ヌーヴォーの、植物をモチーフに曲線を多様した、有機的なデザインとは異なり、 機能的・合理的で簡潔なデザインがアール・デコ、ということらしいです。 ニールセンは、アンデルセンの世界を表現するために、あえて描きこまない簡潔な画風をとりいれたということ。 描きこまないことによって生まれる紙面の余白に、読者自身が、アンデルセン童話の美しさと哀しみとを垣間見ることのできる、素晴らしい挿絵だと思います。 →読書日記に書いた、この本の感想はこちら →Amazon「空飛ぶトランク アンデルセン童話集 (3)」 |
「完訳 アンデルセン童話集(一)」大畑末吉 訳(岩波文庫) |
日本語でアンデルセン童話の完訳を読むなら、やっぱりこの『完訳 アンデルセン童話集』。
全7冊の童話集の1冊めで、「人魚姫」「野の白鳥」「親指姫」ほか、16の作品が収められています。
「旅の道づれ」は、幸福な結末へと至る物語の随所に、豊かなイメージが織り込まれた、印象深い一篇。 父を亡くし、天涯孤独の身となったヨハンネス。父の残したわずかばかりのお金を携え、広い世の中へと旅に出ます。 ヨハンネスは、旅の途中に立ち寄った教会で、死人を棺から放り出そうとした乱暴者に、持っていた全財産を差し出し、死人を仕打ちから救います。 すると、一人旅を続けるヨハンネスの前に、不思議な道づれが現れて…。 「幸福の長靴」は、主題の深さに衝撃を受けた一篇。 幸福の女神の小間使と、悲しみの仙女。一足の長靴を、人間の世界に持っていくよう言いつかった小間使は、 これで人間もこの世で幸福になれる時が来たと喜びます。その長靴は、履くと誰でも、望む場所、望む時へつれていってくれるという不思議な長靴。 けれど悲しみの仙女は、長靴を履いた人はきっと不幸になると言います。 さて「幸福の長靴」を履いた人々が、どうなったのか…。 他のどの作品も、美しいイメージの中に、人生の深遠を垣間見せる、含蓄深い物語ばかり。 大人になってから、改めてアンデルセン童話にめぐりあうことができたのは、ほんとうに幸せだと思います。 →Amazon「アンデルセン童話集 1 改版―完訳 (岩波文庫 赤 740-1)」 |
「完訳 アンデルセン童話集(二)」大畑末吉 訳(岩波文庫) |
日本語でアンデルセン童話の完訳を読むなら、やっぱりこの『完訳 アンデルセン童話集』。
全7冊の童話集の2冊めで、「豚飼い王子」「みにくいアヒルの子」「雪の女王」「マッチ売りの少女」ほか、26の作品が収められています。
大人になってから、改めて童話を読みかえすのは、ほんとうに味わい深いもの。 子どもの頃に親しんでいた物語の、素晴らしさを再確認したり、新たな魅力を発見したり。 アンデルセン童話は、完訳版を通読してみると、作品数の多さと、未読の作品の多いことに驚かされます。 子ども向けに紹介されているアンデルセン童話は、ごく限られているということなのでしょうか。 「ナイチンゲール」は、大人になってから知った物語。 エドマンド・デュラックの挿絵(『人魚姫 アンデルセン童話集2』)で楽しんだときは、 アンデルセンが支那趣味(シノワズリ)と呼ぶべき作品を書いていたことに興味をひかれましたが、 今回、大畑末吉氏の訳で読んでみて、改めて美しい作品世界に酔いしれることができました。 また「赤いくつ」は、子どもの頃から親しんでいた物語ですが、こんなにも怖いお話だったのかと、改めて驚かされました。 「マッチ売りの少女」も、親しみ深い物語。とっても悲しいお話という印象があって、子どもの頃は好きになれなかったのですが、 大人になってから読んでみると、まったく救いのない結末ではないとわかります。 「かがり針」は、はじめて読む作品でしたが、アンデルセン童話によくあるモチーフの、「物」が人間のように描かれた、おかしみとかなしみの入り混じった短いお話。 あと印象的だったのは、「城の土手から見た風景画」「養老院の窓から」などの、ひとつの光景のスケッチのような小品。 物語とも呼べないほど短く、囚人や年老いた婦人の眼差しが描かれているので、絵本などで子ども向けに紹介されることはないと思いますが、 アンデルセンの人生観、ひいては普遍的な人生観を、よく伝えている作品ではないでしょうか。 『完訳 アンデルセン童話集』には、子どもだけでなく大人も読まなきゃもったいない、宝石のような物語の数々がおさめられています。 →Amazon「アンデルセン童話集 2 改版―完訳 (岩波文庫 赤 740-2)」 |
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