〜本の中で生きつづける永遠の少女〜
『不思議の国のアリス』は、ルイス・キャロルことドジソン教授が、ある夏の日のピクニックで、学寮長リデル博士の三人の娘たちにせがまれ、即興で語り聞かせたお話がもとになっています。 キャロルはこの即興の物語を自作の本に仕立て、挿絵まで自分で描いて、リデル家の次女アリスに、クリスマス・プレゼントとして贈りました。タイトルは『Alice's Adventures Under Ground(地下の国のアリス)』。 のちに新たなエピソードを加え、テニエルの挿絵を付して出版されたのが、わたしたちのよく知る『不思議の国のアリス』(原題:Alice's Adventures in Wonderland)なのです。 ヴィクトリア朝イギリスにおいて生まれたこの物語は、いまも新しい絵本が出たり、映画があったり、グッズもたくさん売られていて、「アリス産業」とも呼べそうな高い人気を誇っています。 本の中で永遠に生きつづける少女アリス。このページではそんなアリスの本を、いくつかご紹介します。 |
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ルイス・キャロル
本名チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン(Charles Lutwidge Dodgson)。
数学者、論理学者、作家、詩人、写真家。 1832年、英国チェシャー州に、教区牧師チャールズ・ドジソンの長男として生まれる。 ラグビー校からオックスフォード大学クライスト・チャーチ学寮に入学。卒業とともに同大学の数学講師となる。 1862年、学寮長リデル博士の次女アリスを主人公にした物語を生み出し、1864年、手稿本『Alice's Adventures Under Ground(地下の国のアリス)』としてアリスに贈る。 1865年『Alice's Adventures in Wonderland(不思議の国のアリス)』出版。ジョン・テニエルが挿絵を手がけたこの本は、驚異的な成功をおさめる。 1871年『鏡の国のアリス』、1876年『スナーク狩り』を発表。 1898年、没。 |
「不思議の国のアリス 新装版」ルイス・キャロル 著/アーサー・ラッカム 絵/高橋康也・高橋 迪 訳(新書館) |
ある退屈な昼下がり。アリスは、ポケットつきの上着を着て、時計を持って急いでいるウサギを追いかけ、大きなウサギ穴にとびこみます。
その穴の壁には食器棚や本棚がびっしり、あちこちに地図や絵がかかっています。奇妙な穴を下へ、下へ、下へ。アリスはどこまでも落ちつづけ、うつらうつらと飼い猫ダイナの夢を見ていると、とうとうドスン!ドスン! ウサギ穴の底は、普通でないことばかりが起こる、不思議の国でした…。
あまりにも有名な「不思議の国」の物語。言葉あそびやしゃれ、ナンセンスが魅力とも言われ、マザー・グースからの引用など、パロディもたくさん盛り込まれています。 この新書館版では、ほどよく訳注が付されており、言葉あそびの原文について、ビクトリア朝という時代背景、またキャロルとリデル家の娘たちにしかわからない仕掛けなどについて、きちんと解説してくれています。 定評ある高橋康也・高橋 迪氏の訳は、わかりやすく、なおかつ品もあり、言葉あそびの訳も巧みです。ただどうしても言葉あそびやしゃれに関しては、原文で読まないことには、やはりほんとうの面白さは理解しかねるなあ、というのがわたしの感想でしょうか…(^^; ナンセンスについては、「「常識」の枠組がゆさぶられ、はずされるときの、とほうもない解放感」と訳者あとがきにもあるとおり、読んでいて、「常識」って何なのだろうと、考えさせられることが度々でした。 まあ難しく考えずとも、チェシャー・ネコや青虫、三月ウサギに帽子屋、ウミガメモドキにグリフォンなど、不思議な登場人物たちの描写は、魅力いっぱいです。 さて『不思議の国のアリス』の邦訳版は数あれど、 この新書館版の魅力は、何といってもアーサー・ラッカムの挿絵につきます。イギリス挿絵黄金時代の人気画家ラッカムの絵は、ひじょうに英国的で、格調高く、美しい。 ラッカムは、ドリス・トーミットという少女をモデルに、この愛らしいアリスを描いたのだそう。端正な愛らしい顔立ちは、ジョン・テニエルの描いたアリスより、本物のアリス・リデルに近いと言えそう。 テニエルより叙情的なラッカムの挿絵は、読者を「不思議の国」にやさしく誘い、あたたかく包み込んでくれます。 →読書日記に書いた、この本の感想はこちら |
「不思議の国のアリス」ルイス・キャロル 著/トーベ・ヤンソン 絵/村山由佳 訳(メディアファクトリー) |
川べりでお姉さんのそばに座ってたアリスは、チョッキのポケットから懐中時計を取り出して眺め、慌てて駆けだすウサギを見て、追いかけてウサギ穴にとびこんだ。
その穴の壁は戸棚とか本棚とかでぎっしり、あっちにもこっちにも地図や絵がかけてある。奇妙な穴を下へ、下へ、下へ。アリスはどこまでも落ちつづけ、ウトウトと飼い猫ダイナの夢を見ていると、とうとうドスン、ドスン! ウサギ穴の底は、普通じゃないことばかりが起こる、不思議の国だったんだ…。
メディアファクトリー版『不思議の国のアリス』では、アリスの世界の新しい訳者として、村山由佳氏を起用。キャロル自身がアリスに語り聞かせているような、話しことばで訳されています。 訳注がないため、いちいち巻末の注を参照するわずらわしさはありませんが、マザー・グースなどの元ネタを知らないと、面白さを捉えそこねることもあるかもしれません。 くだけた話しことばは、テンポもよく読みやすい。言葉あそびやしゃれの部分は、上記で紹介している高橋康也・高橋 迪氏の訳とも違った工夫が施されています。英語が読めないので原文のことはよくわからないのだけれども、訳の違いを比較するのも面白いなと思いました。 ただ気になるのは、三月ウサギと帽子屋の科白。三月ウサギが江戸っ子調、帽子屋が大阪弁(らしきもの)でしゃべるのです。わたしは三月ウサギと帽子屋の、有名なお茶会(いわゆる「気ちがいティー・パーティー」)の場面は、いかにもイギリス的だなあと思っているので、そこで江戸っ子や浪花っ子調でしゃべられると…ちょっと違和感があるかも。しかも帽子屋、関西人にとってはビミョーな大阪弁だし…(^^; ともあれ、このメディアファクトリー版の魅力は、何とあのトーベ・ヤンソンが挿絵を描いているということです! ムーミン童話の作者として知られるヤンソン。かつてムーミン童話の原作の挿絵、つまりアニメのムーミンでなくて、トーベ・ヤンソン自身の手になる絵を、とても気に入って、妹に「これすごくいいよね」と見せたところ、「なんか不気味な絵」と一蹴された記憶があります…。 確かにヤンソンの絵には、北欧の厳しい自然と孤独な自我を感じさせる影がある、という気がします。 そういうわけで、いかにもイギリス的な『不思議の国のアリス』の世界を、北欧的なトーベ・ヤンソンが描くとなると、作者ルイス・キャロルが思い描いた『不思議の国』とは、まったく違ったものになっているのだろうなあ…などと思ったりもしたのですが。 でもヤンソンのアリス、読めば読むほど、独自の、稀有な世界を拓いている、素晴らしい挿絵だと感じます。 イギリス的でも、ビクトリア朝らしくもない、「不思議の国」を旅する、ひとりぼっちのアリスの、戸惑いや不安、孤独といったものが感じられる。 いろいろと有名な場面も多数描かれているのですが、ヤンソンらしい挿絵だなあと嬉しくなったのは、三月ウサギと帽子屋のお茶会(この本では「くるくるパーティー」と訳されている)の章の中の一葉。 ネムリネズミが披露する話”糖蜜の井戸の底に住んでいる三人姉妹”の様子を描いたその絵は、やはりヤンソンでなくては描けない、素敵な挿絵だなあと、しみじみ思いました(ほんとに素敵なんですよ〜、この井戸の底はムーミン谷のどこかに違いない、住みたい!と思うくらい)。 *この本の訳者あとがきにおいて、村山由佳氏が、「これまで巷で広く信じられてきた、<ルイス・キャロルは少女にしか興味を持てない特殊な性癖の持ち主で、アリス・リデルに恋をしていた>という俗説は、近年の研究できっぱりと否定されている」と言い切っていることを、ここに記しておきます。皆様、ルイス・キャロルことドジソン教授の人となりについて、どうぞ誤解のなきように…。 →子どもにも、大人にも「ムーミンの世界」はこちら →Amazon「不思議の国のアリス」 |
「鏡の国のアリス」ルイス・キャロル 著/ジョン・テニエル 絵/安井 泉 訳(新書館) |
『不思議の国のアリス』の姉妹編『鏡の国のアリス』にも邦訳版がたくさんありますが、テニエルの挿絵が見たかったのと、装幀の美しさで選んだのが、この新書館版。 ラッカム挿絵の『不思議の国のアリス』といい、新書館はルイス・キャロルの本には力を入れていますよね。 「不思議の国」のときより、アリスが少し成長していて、丁寧な対応ができるようになっていたり、背がのびたりちぢんだりと、アイデンティティの揺らぎにアリスが不安になることもないので、「鏡の国」のほうが読みやすいなあと、大人のわたしは感じます。 でも、この成長しちゃうアリスが、キャロルにとっては淋しく感じられたりもしたのでしょうね。 テニエルの絵は、モノクロの線画で、クラシカルでヴィクトリア朝的で美しいです。アリス世界の奇妙な味わいも感じられるし。 アリスの愛らしさ、という点では、どうしてもラッカムの絵に軍配が上がる気はしますが…(^^; テニエルの挿絵があまりに有名で、物語としっくり調和していたために、ラッカムの挿絵本が発売された当時、本国イギリスでは非難の声があがったのだそう。 おかげでラッカムが『鏡の国のアリス』を描くことはなくなってしまったのですが、やっぱりラッカムにも「鏡の国」を描いてほしかったなあ(ラッカムのファンはみんな思っていることでしょうが…)。 →Amazon「鏡の国のアリス」 |
「地下の国のアリス」ルイス・キャロル 作・絵/安井 泉 訳(新書館) |
『地下の国のアリス』は、『不思議の国のアリス』のオリジナル版。 そもそも『不思議の国のアリス』は、ルイス・キャロルが、ある夏の日にリデル家の三人姉妹と、友人ロビンソン・ダックワースとともにピクニックに出かけた折に、即興で語り聞かせたお話がもとになっています。 キャロルはリデル家の次女アリスに、この即興の物語を自作の本に仕立て、挿絵まで自分で描いてプレゼントしたのだそうで、タイトルは『地下の国のアリス(Alice's Adventures Under Ground)』となっていました。 のちに『地下の国のアリス』に新たなエピソードを加え、テニエルの挿絵を付して出版されたのが『不思議の国のアリス』なのです。 『地下の国のアリス(Alice's Adventures Under Ground)』の邦訳版は、『不思議の国のアリス・オリジナル』(書籍情報社)と、『地下の国のアリス』(新書館)の、ふたつあります。 こちら新書館版は、縦書きで刷られた読みやすい邦訳に、原本のレイアウトに最大限配慮しながら、キャロル自筆の挿絵を付したものです。 キャロルの挿絵とともに邦訳で物語も楽しみたいという向きにおすすめ。 →Amazon「地下の国のアリス」 |
「不思議の国のアリス・オリジナル」ルイス・キャロル 著/高橋 宏 訳(書籍情報社) |
『不思議の国のアリス』のオリジナル版、キャロルがアリス・リデルに贈った手稿本『Alice's Adventures Under Ground(地下の国のアリス)』。 この『不思議の国のアリス・オリジナル』は、大英博物館所蔵の、キャロル直筆の原本『Alice's Adventures Under Ground』の復刻版と、日本語訳とが2冊セットで函入りになっているものです。 『Alice's Adventures Under Ground』の邦訳版としては、上記で紹介している新書館版『地下の国のアリス』もありますが、こちら書籍情報社版は、原本復刻版の瀟洒で素敵な装幀がたまりません。 手作りの本らしい佇まい、ヴィクトリア朝の雰囲気、キャロルの手書き文字、決して上手いとは言えない挿絵…これにパラフィン紙がかかっていて、キャロル撮影のアリス・リデルの写真が刷られた栞と、やはりアリス・リデルの写真が刷られたカード入りの生成りの封筒が付いています。 日本語訳のほうには、黒柳徹子さんの前書があって、ラッセル・アッシュの解説とともに、アリスの物語への理解を深めてくれますし、こちらの挿絵はジョン・テニエルのものが使用されているので、テニエルの絵も楽しめます。 原本の佇まいを知りたい、コレクションとして持っておきたいという向きに、ぜひともおすすめ。 →Amazon「不思議の国のアリス・オリジナル(全2巻)」*Amazonで中身確認できます |
「LEWIS CARROLL」Anne Higonnet 著(PHAIDON) |
ルイス・キャロルことチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン教授は、また多くの写真を後世に残した写真家としても知られています。
一連のアリスの物語のモデルとなったアリス・リデルをはじめとする可憐な少女たちの写真や、家族写真、風景写真、ジョン・エヴァレット・ミレー、アルフレッド・テニスンなど著名人の肖像写真も撮っています。 ルイス・キャロルの写真というと、とりわけ少女写真が有名で、子どもたちにさまざまな扮装をさせたり、ときにはヌードも撮っていて、そのことから彼が偏った性癖の持ち主であるとの推測を呼んだりもしたのだそうです。 しかしこのことは、近年の研究できっぱりと否定されてもいます。キャロルが少女にしか興味を持てない人物だというのは、アリス・リデルに物語を贈ったことや、少女の写真をたくさん撮っていたことから憶測された、一種の「神話」であったようです。 さてこの洋書は、そんな多くの議論を呼びもしたキャロルの写真56点を、美しい装幀で楽しむことができる一冊。 見返しは上品な水色、ページの角の部分は斜めにカットされていて、見開きの左に短い英文、右に写真。余白をたっぷりとったレイアウトになっています。 アリス・リデルやリデル家の姉妹を撮った数点の写真(有名な乞食姿のアリスの写真(左の画像)もあります)、赤ずきんなどの扮装をした少女の写真、オックスフォードの風景写真、キャロルの家族の写真、マンボウの骨の写真(解剖写真に属するのでしょうか)、ミレーやテニスン、アーサー・ヒューズらとその家族、ロセッティ母娘の写真などが収録されています。 こうして見ると、キャロルはほんとうに写真が好きで、少女に限らず、いろいろなものを被写体としていたことがわかります。 キャロルの写真は、「アリス」の素顔(テニエルの挿絵ではラファエル前派の影響を受けた長い髪だけれど、アリス・リデルは前髪が短いショートヘア)をとどめるのみならず、大英帝国の絶頂期であったヴィクトリア朝、その時代特有の空気を現代に伝えてくれます。 →「恵文社一乗寺店」で、『LEWIS CARROLL』の中身を確認できます。 →「本棚の奥のギャラリー[写真篇]」はこちら →Amazon「Lewis Carroll」 |
「アリスの不思議なお店」フレデリック・クレマン 著/鈴村和成 訳(紀伊國屋書店)
「ピノキオの鼻の先っぽ」「シバの女王のまつげ」「星の王子さまの影」「セイレーンの髪の毛」「白雪姫の口紅とおしろい入れ」に、眠れる森の美女が指をついた、「糸巻き棒の木のとげ」まで…おとぎの国から届いた不思議な商品をかたどったオブジェが、写真、絵、文章、コラージュの技法を駆使して紹介された夢のカタログ。
画家・絵本作家であるフレデリック・クレマンが、自分の娘のために誕生日プレゼントとしてつくったという一冊。これもまたアリスという名の少女に贈られた、美しいギフトブックなのです。 →Amazon「アリスの不思議なお店」 |
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー 著/柴田元幸 訳(白水社)
耽美的で幻想的な作風といわれるスティーヴン・ミルハウザーの短篇集。この中に収録された「アリスは、落ちながら」は、『不思議の国のアリス』のパロディで、アリスがウサギの穴をいつまでもいつまでも落ちつづける話。
これが、いいんですよ〜。なんというか乙女的な素材に満ちていて。 「アリスは、落ちながら、扉のあいた食器棚の上段をみる。ラズベリージャム、と書かれたラベルを貼った壜がある。そして、真鍮の留め具のついた、イチイの木の紅茶箱。ふたには手書きで草花が描かれている。それから、レモンクッキーの缶。」と始まる冒頭から、この調子でまだまだ続きます。 おしまいのないお話だけど読後感が悪くはなくて、不思議に忘れがたい一篇。(他の収録作品ももちろん面白いです) →Amazon「バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)」 |
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