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ブライアン・ワイルドスミス「A Child's Garden of Verses」
「赤いくつ」アンデルセン童話角田光代 文/網中いづる 絵(フェリシモ出版) |
たったひとりの家族である母親を亡くしたカーレンは、お金持ちのおくさまにひきとられ、大きな屋敷で暮らしはじめます。
カーレンはうつくしい女の子でした。教会にあたらしい赤いくつをはいていったカーレンは、おくさまに注意されますが、またはいていってしまいます。 やがて年老いたおくさまが病気で床に伏せると、カーレンはおくさまの看病をしなければならないのに、なんと赤いくつをはいて、舞踏会に出かけてしまいました。 しかし舞踏会に向かううち、カーレンの足は勝手に踊りはじめ、彼女を町はずれのくらい森に、そして薄気味の悪い墓地へと連れていってしまうのです…。 この『赤いくつ』は、フェリシモの「おはなしのたからばこ」シリーズの一冊。 角田光代さんと網中いづるさんのコラボレーションで、アンデルセンの怖ろしくも美しい物語が、繊細に描き出されています。 網中いづるさんの絵は、以前から好きなタッチだなあと思っていました。細かく描きこむのではなくて、あかるい色合いの筆をざっくり走らせる感じの網中さんの画風は、メルヘンの世界を描くのにぴったりではないでしょうか。 思ったとおり網中さんの描くカーレンはとても美人で、随所に乙女心をくずぐるディテールが散りばめられています。カーレンの青いワンピースとタイツ、魅惑的な赤いくつ、いばらの中に咲く赤いばら…。 水色の地に白で、木や草花のからみあった模様が刷られている見返しも、さりげなく素敵。 さて、『赤いくつ』という童話は、子どものころ絵本を読んだときは、ただ怖いおはなしだなあとしか思わなくて、大人になって文庫本で再読してからも、改めて恐ろしい描写に驚いたのだけれど、角田光代さんのテキストで、この童話をふたたび味わってみると、また違った感想がありました。 「赤いくつ」というのは、自分をきらびやかに飾って、実際以上のものに見せたいという、人間の虚栄心をあらわしているのかなあ、なんて。 虚栄心にとりつかれ、いつしか踊りたくもないダンスを踊らされ、いばらの森や冷たい川や荒れ野に踏み込んでしまう…。 人間の業とでも言うのでしょうか、深いなあと考えさせられ、当代の人気作家が童話を語りなおす意味を感じました。 そしてやはり、こんなふうに語りなおすことのできるアンデルセン童話は、つねに新しい発見がある、ほんとうに面白い作品だと感じ入りました。 →Amazon「赤いくつ―アンデルセン童話 (おはなしのたからばこ 11)」 |
「扉の国のチコ」巖谷國士 文/上野紀子 絵/中江嘉男 構成(ポプラ社) |
『扉の国のチコ』は、美術書のような絵本です。
巖谷國士氏は、仏文学者、評論家。たとえばアンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言;溶ける魚』(岩波文庫)の翻訳や、現代日本のアーティスト桑原弘明氏のスコープ作品を紹介する『スコープ少年の不思議な旅』のテキストなどを手がけていらっしゃいます。 上野紀子氏と中江嘉男氏は、コンビで数多くの絵本を発表。なかえよしを 作/上野紀子 絵による"ねずみくんの絵本"シリーズなどがよく知られています。 この三人のコラボレーションで生み出された『扉の国のチコ』は、日本に初めてシュルレアリスムを紹介した、有名な美術評論家であり詩人でもある、瀧口修造へのオマージュとも呼べる一冊。 生まれつき目がよく見えず、悲しい思いをしていた少女チコは、遠くのものを大きく見せる望遠鏡で見つけた、扉のむこうがわの国へと旅をします。 扉の国には年老いたひとりの旅人がいて、チコにいろんな不思議なものを見せてくれるのです。 この年老いた旅人こそ、瀧口修造その人。 そしてチコが目にする不思議なものたち、瀧口家の庭でとれたオリーヴの実の壜づめや、書斎で語りあうオブジェたち、焼けこげの穴がたくさんあいた本、マルセル・デュシャンの「大ガラス」「フレッシュ・ウィドウ」などなどは、 すべて実際にあるオブジェをもとに描かれているのです。 巖谷氏、上野氏、中江氏の3人が、1979年7月1日に亡くなった瀧口修造への思いを込めて作り上げた絵本。 物語の最後には、瀧口修造の詩作品「遺言」が、草稿そのままに引用されてもいます。 またこの絵本の装幀についてですが、”黒い絵本”とでも言うべきデザインで、表紙も中身も黒地、テキストが白抜きになっています。 見返しは赤い地に、なんだか奇妙な模様が刷られているのですが、これはもしかして、瀧口修造のデカルコマニー(ガラスなどの表面に絵の具を塗り、別のガラスや紙を上に重ねて転写する技法で描かれた絵で、瀧口修造のそれはとても神秘的な印象)をもとにしたデザインなのかな、と思うのですが。 同じく巖谷國士氏がテキストを手がけた『スコープ少年の不思議な旅』もこれと同じような装幀で、見返しは赤地に、桑原弘明氏のスコープの表面に施されたものと似た模様が刷られていましたから。 チコがとおりぬけた扉のように、きっと、この絵本はすべての読者にとって、瀧口修造とシュルレアリスムの世界への扉となることでしょう。 そういえばこの絵本の中で、紙をこがすバーント・ドローイングをほどこされた穴のあいた本について、このように書かれていました。 「そう、本もまた扉ですからね。穴をのぞくこともできれば、ひらいて見ることもできます。ほら、ね!」 『扉の国のチコ』14ページより *瀧口修造のデカルコマニーについては、よく知らなかったので、詳しい友人にいろいろと教えてもらいました。ありがとう!→『スコープ少年の不思議な旅』の紹介はこちら |
「ジャリおじさん」大竹伸朗 絵と文(福音館書店) |
鼻のあたまにひげのある、ジャリおじさん。
いつも海を見て暮らしていましたが、ある日クルリとうしろを向くと、ずうっときいろい道が続いていました。ジャリおじさんはこうもりがさを持つと、きいろい道を歩き出しました。 おや、道の向こうから、「なにか ピンクいろの のそのそ」がやって来ます。「これは ワニさん」ジャリおじさんは、「ジャリジャリ(こんにちは)」とあいさつしました。ふたりは一緒に行くことにしました…。 『ジャリおじさん』は、現代美術界の旗手、画家の大竹伸朗氏の絵本。 現代美術界の旗手が描いたと知らなければ、なんじゃこりゃという感じの、まさに子どもがなぐり描きしたような絵! …こんなこと言って、失礼だったらごめんなさい。(ほんとはよく見たら色のバランスとかコラージュっぽい感じとか、子どもには描けないテクニックが色々使われているのでしょうが〜…) お話もナンセンスの極みで、鼻のあたまにひげのあるジャリおじさん(なんじゃそりゃ)が、きいろい道を、ピンク色のワニを道連れに、延々歩きつづけるという…。 ジャリおじさんの喋る言葉は、「ジャリジャリ(こんにちは)」「くねくねの あおい えんとつが みえるじゃり」「このみちは どこへ いくのじゃり」という具合。 気鋭の画家が描いたからって、簡単にアーティスティックだとか洗練されているとか言いたくない。 いや、洗練されていない猥雑な感じこそがむしろ魅力の、とにかく凄い絵本です。 ジャリおじさんの姿と帽子とこうもりがさと、目と鼻のあたまのひげが幾何学的(?)にデザインされた見返しもお見逃しなく。 第43回小学館絵画賞、95年ブラティスラヴァ世界絵本原画展金牌受賞作品。 →Amazon「ジャリおじさん (日本傑作絵本シリーズ)」 |
「のばらの村のものがたり」愛蔵版ジル・バークレム 作/岸田衿子 訳(講談社) |
小川のほとりの細くからみあったいけがきに、ちいさなねずみたちが仲良く暮らす、のばらの村があります。
木の根や幹をすみかにし、身の回りに育つものを収穫する。お菓子やドレスを手作りし、仲間どうし助け合う。ときにはピクニックやパーティで、ふざけあったりして…。
自然と共生するねずみたちの、ちいさな暮らしを綴った物語。 すこしお値段がはりますが、「のばらの村のものがたり」シリーズ、全8話がおさめられた愛蔵版です。とにかくすみからすみまで可愛い! ねずみたちのおうちの中の様子が、ドールハウスのように細かく、精密に描かれていて、小さくて可愛いもの好きにはたまりません。 木の内側のおうちの構造が、断面図のように描かれているのが特徴的。雑貨などが丁寧に描きこまれた室内の様子を、時間をかけてじっくり眺めるだけで、とても幸せな気分に浸れます。 キュートな絵だけでなく、おはなしも素晴らしいです。ねずみたちの結婚式の中に、こんな言葉があります。 「花と野原、空の星、海へそそぐ川、そしてこれらすべてに命をふきこむふしぎなものにちかって、ふたりは夫婦であることをみとめます。」 のばらの村のねずみたちは、自然に感謝し、身の丈にあった暮らしをし、そのことにこの上ない幸福を感じているのです。 わたしたち人間も、こんなふうに生きていけたら、なんて思ってしまいます。 →Amazon「愛蔵版 のばらの村のものがたり 全8話 (講談社の翻訳絵本)」 |
「うるわしのセモリナ・セモリナス」小麦粉うまれの王子さまアンソニー・L・マンナ&クリストドウラ・ミタキドウ 再話/ジゼル・ポター 絵/
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いつかはわからない、いつか。ギリシャの国の王女アレティは、星の数ほどの求婚者をどうしても好きになれず、”自分で恋人をつくる”ことを思いつきます。
アーモンドと砂糖とセモリナ粉をこねて出来上がった、セモリナ・セモリナスさま。ふつうの男の人の5倍も美しく、10倍もやさしい理想の男性。 ところが、うるわしのセモリナ・セモリナスさまの噂をききつけた、はるか遠くの国の女王が、黄金の船でやってきて、彼を連れ去ってしまいます。 アレティは、がんじょうな鉄の靴をはき、セモリナ・セモリナスさまを探す、長いながい旅に出ました…。 この絵本、なんとなく気になってはいたのだけれど、ネットで表紙画像など目にする限りでは、購入を決断するまでには至りませんでした。 でも本屋さんで実際に手にとってみると、色使いの素晴らしさにすっかり魅せられ、結局、購入することになったのです。 ジゼル・ポターは、パソコンの画面では伝えきれない、繊細で微妙な色使いの絵で、ギリシャ民話の再話に、いきいきとした魅力を与えています。 これがデビュー作となるそうですが、なんとも不思議な味わいの絵です。 とりわけ人物の顔の描き方が特徴的。モディリアーニのように細長くひきのばされた輪郭に、細くちいさな目、薄い唇。「うるわしのセモリナ・セモリナス」さまも、ちっとも美しくは見えない(笑) けれどもモディリアーニの人物像と違うのは、登場人物たちの表情がどこかユーモラスで、愛嬌たっぷりなところ。 配色も、冷たいのだけれど暗くはなくて、品があります。色ムラのある筆使いになんともいえない味わいがあって、それがパソコンの画面では伝わりにくいなあと思います。 見返しに描かれた絵も、とっても素敵。表紙と見返しの、黄味の入ったブルーグレーが、この絵本の色使いの基調になっていて、わたしはこの色が、とっても好きです。 →Amazon「うるわしのセモリナ・セモリナス―小麦粉うまれの王子さま」 |
「もじゃもじゃペーター」ほるぷクラシック絵本ハインリッヒ・ホフマン 作/佐々木田鶴子 訳(ほるぷ出版) |
りょうての つめは 1ねんも『もじゃもじゃペーター』は、1845年の初版から、600版以上を重ね読み継がれてきた、歴史に残る傑作絵本。 開業医だったホフマン博士が3歳半の息子のために、ノートに自分で絵を描き、詩を添えた、手作り絵本がもとになっています。 いわば子どものためのしつけ絵本で、大人の感性で読むと、絵の稚拙さと話の残酷さに驚かされるかもしれませんが、これはもう童心にかえって眺めてこそ、真価のわかる絵本でしょう。 火あそびをして、炎が自分に燃え移り、灰になってしまった女の子。指しゃぶりをして、仕立て屋さんに親指をちょきんと切られてしまった男の子。 子どもの頃、「おなかを出して寝ているとかみなり様におへそをとられる」だとか、「嘘をつくと閻魔さまに舌を抜かれる」だとか、親や祖父母に言われたことを思い出します。 そうは言っても、おなかを出して寝てしまうし、マッチを触りたくなってしまうし、指しゃぶりもやめられない。 子どもの頃って、誰しも、そんなふうだったんですよね。 ※<ほるぷクラシック絵本>は、黎明期の絵本づくりの名匠・名工の技を、原本から複版し甦らせた贅沢なシリーズ絵本。 ですが、現在でも流通しているのは、ケイト・グリーナウェイ『窓の下で』と、ハインリッヒ・ホフマン『もじゃもじゃペーター』の2冊だけ。 コルデコット、イワン・ビリービン、エルンスト・クライドルフ等の美しい絵本がラインナップされているこのシリーズ、ぜひ全作品復刊してほしいものです。 →Amazon「もじゃもじゃペーター (ほるぷクラシック絵本)」 |
「A Child's Garden of Verses」Robert Louis Stevenson 著/Brian Wildsmith 絵(Star Bright Books) |
『A Child's Garden of Verses』は、『宝島』『ジキル博士とハイド氏』などの作品で知られるロバート・ルイス・スティーヴンソンが、自身の子どもの頃の思い出を歌った詩集です。
子どものための韻文詩集として、英語圏ではよく親しまれており、チャールズ・ロビンソン、ウィルビーク・ル・メール、ジェシー・W・スミス、ターシャ・テューダ―、アリス&マーティン・プロベンセンなど、数多くの画家たちが、美しい絵を寄せていることでも知られています。 ブライアン・ワイルドスミスもまた、この詩集を素晴らしい絵本に仕上げています。 ワイルドスミスは、色彩の魔術師とも呼ばれるイギリスの人気絵本画家。日本でもよく知られていますよね。ワイルドスミスの絵本は、これが初めて買ったものなのですが、やっぱりすごい絵だと思いました。 鮮やかな色、その大胆な組み合わせ方と構図。まるで子どもが奔放に描いたようでいて、芸術的で洗練されていて。 チャールズ・ロビンソンや、ル・メール、ジェシー・W・スミス等の、クラシカルな『A Child's Garden of Verses』とはまた違った、めくるめく色彩に彩られたワイルドスミス独特の世界が広がっています。 さて、わたしが入手した一冊は、(たぶん)最新のペーパーバック版ですが、この版では、もともとのスティーヴンソンの詩集とは、収録されている詩の順番も違いますし、割愛されている詩もあります。 ワイルドスミスの『A Child's Garden of Verses』は、版を変えて何度も出版されているようで、他の版がどのような構成になっているのかは確認できていません。 こういう芸術的な絵本は、安価なペーパーバック版も有難いけれども、やっぱり装幀も美しいハードカバー版が欲しいなあ…なんて思ってしまいました。 先に述べたように、版を変えて何度も出版されているこの絵本、とってもお高いヴィンテージ絵本もネットでは購入できるようですが…わたしには手が出ません(^^;) →版は違いますが、ブライアン・ワイルドスミスのHPで中の絵をプレビューできます。 →ワイルドスミス『A Child's Garden of Verses』のヴィンテージ絵本、「キュリオブックス」で購入可能、中の絵も確認できます。 →「A Child's Garden of Verses ―子どもの詩の園―」はこちら →Amazon「A Child's Garden of Verses」(ペーパーバック) |