■エミリー・ディキンソンの本

〜かぎられた、小さな、すばらしい世界〜


このページでは、わたしの好きな詩人、エミリー・ディキンソンを紹介します。
ディキンソンは、19世紀のアメリカに生きた女性詩人。
みずみずしい感性を秘めたその詩は、現代を生きるわたしたちに生き生きと語りかけてきます。 詩をあまり読まないという人にも、難しく考えずに親しんでもらえればと思います(^-^)

↓クリックすると紹介に飛びます。

●詩集

「対訳 ディキンソン詩集」(岩波文庫)

「ディキンスン詩集」(思潮社)

「自然と愛と孤独と [全4冊]」(国文社)

「わたしは誰でもない」(風媒社)

●年譜

●エミリー・ディキンソン関連書籍

「エミリー」

「ターシャ・テューダーの本」

「コーネルの箱」

「エミリ・ディキンスン家のネズミ」



●詩集


「希望」は羽根をつけた生き物――
魂の中にとまり――
言葉のない調べをうたい――
けっして――休むことがない――

そして聞こえる――強風の中でこそ――甘美のかぎりに――
嵐は激烈に違いない――
多くの人の心を暖めてきた
小鳥をまごつかせる嵐があるとすれば――

わたしは冷えきった土地でその声を聞いた――
見も知らぬ果ての海で――
けれど、貧窮のきわみにあっても、けっして、
それはわたしに――パン屑をねだったことがない。

亀井俊介 編『対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』(岩波文庫)より



成功をもっとも心地よく思うのは
成功することのけっしてない人たち。
甘露の味を知るには
激しい渇きがなければならぬ。

今日敵の旗を奪った
くれないに映える軍勢の誰ひとりとして
勝利とはいかなるものか
はっきりと定義することはできぬ

戦いに敗れた兵士――死に瀕し――
聞こえなくなっていくその耳に
遠くの勝ち誇った歌声が
はっきりと苦悶にみちてどよめく兵士ほどには!

亀井俊介 編『対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』(岩波文庫)より



「対訳 ディキンソン詩集」

対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)
アメリカ詩人選(3)
亀井俊介 編(岩波文庫)
初めてのディキンソン詩集として、おすすめの本。
50篇の詩が、対訳のかたちで収録されており、訳注も付されているので、 ディキンソンの原詩を、わかりやすく味わうことができます。 編者による「まえがき」には、ディキンソンの生涯や、ディキンソンの生きた時代背景、詩法についての解説などが述べられていて、 収録作品を味わう上での参考になります。

→Amazon「対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)

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宝石を手にして
私は眠った
その日は暖かく 風も普通で
私はいった 「これなら大丈夫」

目をさまして 正直な手を叱った
宝石は消えていた
今はただ 紫水晶(アメジスト)の思い出だけが
私のすべて

新倉俊一 訳編『ディキンスン詩集 海外詩文庫 2』(思潮社)より



私は可能性のなかに住んでいる
散文より立派な家に
窓かずもずっと多く
戸も一層すぐれている

それぞれの部屋には
目も侵せない西洋杉
永遠の屋根には
空の切妻屋根――

訪問者は美しいひとびとだけ
そしてわたしの仕事は
この小さい手をいっぱい広げて
天国をつかむこと

新倉俊一 訳編『ディキンスン詩集 海外詩文庫 2』(思潮社)より



「ディキンスン詩集」

ディキンスン詩集 (海外詩文庫)
海外詩文庫 2
新倉俊一 訳編(思潮社)
160頁に235の作品を収録。値段も手ごろで、お買い得の一冊。
4人の訳者による訳が収録されており、古風な雅文体の訳詩もあり。翻訳スタイルの変遷を眺めることができ、 訳詩ということについても考えさせられます。自分の好みの訳詩スタイルを見つけるのも楽しみのひとつ。
巻末のアレン・テイトによる詩人論や、編者解説も読み応えたっぷりの、充実した内容です。

→Amazon「ディキンスン詩集 (海外詩文庫)

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水は のどの渇きが教えてくれる。
陸は 越えてきた海が
恍惚は 苦痛が
平和は 戦いの物語が
愛は 記念の肖像が
鳥は 雪が――

中島 完 訳『自然と愛と孤独と 詩集[改訂版]』(国文社)より



百年の後は
その場所を知る人もない
そこでなされた苦悩も
今は平和のように静か

雑草が誇らしげに肩を並べ
ときおり道に迷った旅人が
もう遠い死者の
寂しげな墓碑の綴り字を探った

夏の野を過ぎる風だけが
この道を思い出す
本能が
記憶の落していった鍵を拾う

中島 完 訳『自然と愛と孤独と 詩集[改訂版]』(国文社)より



自然と愛と孤独と 詩集<全4冊>

自然と愛と孤独と 続 改訂版―詩集 (2)
「自然と愛と孤独と 詩集 [改訂版]」
「続 自然と愛と孤独と 詩集 [改訂版]」
「続々 自然と愛と孤独と 詩集」
「自然と愛と孤独と 詩集 第四集」
E.ディキンスン 著/中島 完 訳(国文社)
本格的にディキンソンの詩の世界を味わいたい方に。
単行本ハードカバー、全4冊のシリーズです。
「自然」「愛」「人生と死」という、3つのテーマに分けてディキンソンの詩が収録されており、 詳細な訳注により、制作年代や、語句の変遷、さまざまな評論家の解釈に触れることもできます。 第一集の巻頭には、ディキンソン兄妹の肖像画・墓地・遺稿の写真あり。

→Amazon「自然と愛と孤独と ― ディキンスン詩集
自然と愛と孤独と 続 改訂版―詩集 (2)
自然と愛と孤独と 続々―詩集 (3)
自然と愛と孤独と―エミリ・ディキンスン詩集〈第4集〉

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 ことば

口にだしていうと
ことばが死ぬと
ひとはいう
まさにその日から
ことばは生きると
わたしがいう

川名 澄 編訳『わたしは誰でもない エミリ・ディキンソン詩集』(風媒社)より



 夜明け

いつになったら夜明けが来るかわからなくて
わたしが開けている すべての扉
夜明けには 鳥のように翼があったり
岸辺のように波があるかしら

川名 澄 編訳『わたしは誰でもない エミリ・ディキンソン詩集』(風媒社)より



「わたしは誰でもない」

わたしは誰でもない―エミリ・ディキンソン詩集
エミリ・ディキンソン詩集
川名 澄 編訳(風媒社)
2008年4月発行、もっとも新しいディキンソンの訳詩集。
収録作品は全62篇。巻末にエミリ・ディキンソン略年譜があります。
2行から8行ほどまでの短詩のみが選ばれており、訳には原詩の韻やリズムを伝えるための工夫が感じられます。
見開きの右ページに原詩、左ページに訳詩がレイアウトされ、表紙カバーなどの装幀は、ディキンソンの好んだ白が基調となっており、すっきりと美しいです。
読みやすい短詩ばかりの詩集なので、ディキンソンの詩に初めて触れる読者にも、手にとってみてほしい一冊。

→Amazon「わたしは誰でもない―エミリ・ディキンソン詩集

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●年譜


エミリー・ディキンソン肖像、1846年〜1847年頃

エミリー・ディキンソン Emily Dickinson

生前に発表した詩は、わずか10篇。
無名のまま生涯を閉じたエミリー・ディキンソンは、米北東部ニューイングランドで生まれ育ちます。
しかし彼女は、その生涯の大部分を、アマーストの家の中で過ごしました。
彼女の詩集を編集した批評家、トマス・ウェントワース・ヒギンソンヒギンスンは、彼女を処女隠遁者(ヴァージンリクルース)と呼びましたし、『ディキンスン詩集 海外詩文庫2』収載の、アレン・テイトによる詩人論には、「彼女ほどに、詩人すなわち詩である、ということがあてはまる詩人は他にいない」と書かれています。
ディキンソンの謎めいた隠遁は、彼女の詩の読者にとって、けっして無視できない事実でしょう。
参考までに、ディキンソンの生涯について、簡単な年譜をのせておきます。


1830年

12月10日、米マサチューセッツ州アマーストの旧家に生まれる。

1840〜47年

アマースト・アカデミーに在学。

1847年〜48年

マウント・ホリョーク女子セミナリーに入学、寮生活を経験するが、気管支炎や精神的疲労もあり、一年間で退学。 以降、静かに家事を手伝う生活に入る。
この頃アマーストはピューリタン・リバイバル運動の最中であり、厳しい校風のマウント・ホリョークでは生徒たちに信仰告白をせまった。 しかしエミリーには、どうしてもそれができなかった。

1848〜49年

父の法律事務所の見習生ベンジャミン・ニュートンより、文学上の影響を受ける。 彼はエミリーに文学への関心をもたせ、詩作を励ました。

1850年
エミリー・ディキンソン肖像、1850年頃
ピューリタン・リバイバル運動により、この夏、多くの人たちとともにエミリーの父も信仰告白を行う。 エミリーひとりが抵抗を続け、世間から白眼視された。

1855年

2月〜3月、父、妹とともにフィラデルフィアを訪問。 滞在中、彼女が恋したとされる牧師チャールズ・ワズワースに出会ったと言われている。

1860年

3月、ワズワース牧師がアマーストにエミリーを訪ねる。
この頃より本格的な試作が始まる。
父の友人で、のちにマサチューセッツ最高裁判事となったオーティス・P・ロードを知る。 彼もまた、エミリーの恋の相手とされる。

1862年

4月15日、批評家トマス・ウェントワース・ヒギンソンに手紙を書き、自作の詩4篇を同封して、批評を乞う。以降、彼との文通は生涯続けられた。
6月、ヒギンソンから才能は認めるが出版を遅らせるよう言われ、このことが彼女が生涯出版を断念するきっかけとなる。

1863年

この頃までに、終日白いドレスを着て家にひきこもり、誰とも会わない隠遁の傾向が常習化、家族が案じ始める。 またこの年より翌年にかけて眼を痛め、一時、失明をひどく恐れる。

1870年

8月16日、ヒギンソンがアマーストに彼女を訪ねる。すでに隠者のような暮らしを送っていた彼女との面会について、 ヒギンソンは「これほど神経がすりへるひとと話したことはない」と数日後手紙で妻に洩らしている。

1874年

6月19日、父が急死。

1875年

5月、母が脳卒中で全身麻痺となり、以後エミリーの世話を受ける。

1877年

12月、オーティス・P・ロードの妻が亡くなる。この後ロードとエミリーとは一時恋愛関係にあり、 80年代のはじめには結婚について話し合ったといわれる。

1882年

4月1日、ワズワース牧師死去。
11月14日、母が死去。

1884年

3月13日、オーティス・P・ロード死去。
6月14日、エミリーが過労で倒れる。

1885年

11月、腎臓炎の病状が悪化する。

1886年

5月15日、死去。 死後、妹ラヴィニアが、姉の箪笥の抽斗に入っていた、46束もの詩稿を見つける。

1890年

11月12日、Poems, Mabel Loomis Todd & T.W.Higgenson 編が刊行される。

1955年

The Poems of Emily Dickinson, Thomas H.Johnson 編が刊行される。

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※この年譜は、
亀井俊介 編『対訳ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』(岩波文庫)
新倉俊一 訳編『ディキンスン詩集 海外詩文庫2』(思潮社)
E.ディキンスン 著/中島 完 訳『自然と愛と孤独と 詩集[改訂版]』(国文社)
を参考に作成しました。



●エミリー・ディキンソン関連書籍


わたしがエミリー・ディキンソンに出会ったのは、詩が特別好きだったからではありません。 いろんな本とめぐりあうことによって、興味が自然に向いていったのです。本との出会いはつながっていくもの。 わたしたち読者をエミリー・ディキンソンの詩の世界へと導いてくれる、素敵な本たちをご紹介します。


「エミリー」

マイケル・ビダード 作/バーバラ・クーニー 絵/掛川恭子 訳(ほるぷ出版)
エミリー
エミリー・ディキンソンと、少女のふれあいを描いた絵本。
孤高の女性詩人とも呼ばれるディキンソンの、かぎられた、小さな、けれどもすばらしい世界。 彼女が、近所の子どもたちや、植物や動物と仲の良かったことなどが、よくわかります。 この絵本で、エミリー・ディキンソンを知ったという人は多いのではないでしょうか。
もちろん、わたしもその一人。

→バーバラ・クーニー「エミリー」の紹介はこちら

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ターシャ・テューダーの本

「ターシャ・テューダーの世界」
ターシャ・テューダー&リチャード・ブラウン 著(文藝春秋)
「心に風が吹き、かかとに炎が燃えている」
ターシャ・テューダー 編・絵(メディアファクトリー)
「ローズマリーは思い出の花」
ターシャ・テューダー 著(メディアファクトリー)
A Brighter Garden
ターシャ・テューダーは、おりにふれてエミリー・ディキンソンの詩を引用しています。
「ターシャ・テューダーの世界」では、ターシャが詩人の言葉をひきながら書物について語っており、ディキンソンへの興味が深まりました。 また「心に風が吹き、かかとに炎が燃えている」「ローズマリーは思い出の花」には、ディキンソンの詩の数篇に、ターシャが絵を添えています。
ちなみに、邦訳版は刊行されていませんが、洋書にEmily Dickinson 詩/Tasha Tudor 絵「A Brighter Garden: Poetry」という詩画集があります。 わたしは英語はまったく駄目なので、読んだことはありませんが、興味のある方はアマゾン等で検索してみてはいかがでしょう?

→ターシャ・テューダーの本の紹介はこちら

→Amazon「ターシャ・テューダーの世界―ニューイングランドの四季
心に風が吹き、かかとに炎が燃えている
ローズマリーは思い出の花―ターシャ・テューダーのメモリーブック
A Brighter Garden: Poetry

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「コーネルの箱」

チャールズ・シミック 著/柴田元幸 訳(文藝春秋)
コーネルの箱
がらくたを寄せ集めてつくられた、えもいわれぬ美しい箱。
<箱の芸術家>ジョゼフ・コーネルが、収集した様々ながらくたをコラージュして作った箱のオブジェの写真と、 コーネル作品やさまざまな詩作品にインスピレーションを得て書かれたシミックの散文詩が収録された、美しい一冊。
コーネルがもっとも愛したアメリカ詩人が、エミリー・ディキンソンです。 エミリー・ディキンソンへ捧げられた箱の写真も収録されており、たいへん興味深いです。
ディキンソンの詩がコーネルの箱に似て、秘密がしまってある箱だとしたら、コーネルの箱はディキンソンの詩に似て、 出会いそうもない物たちが出会う場である。

『コーネルの箱』所収「エミリー・ディキンソン」より

→不思議な本の迷宮「コーネルの箱」の紹介はこちら

→Amazon「コーネルの箱

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「エミリ・ディキンスン家のネズミ」

エリザベス・スパイアーズ 著/クレア・A・ニヴォラ 絵/長田 弘 訳
(みすず書房)
エミリ・ディキンスン家のネズミ
19世紀アメリカに生きた女性詩人、エミリ・ディキンスン。
生前に発表した詩は、わずか10篇。無名のまま生涯を閉じ、その人生の大部分を、ニューイングランド、アマーストの家の中でひきこもるように過ごした、なぞの女性。
しかし彼女が箪笥の抽斗にしまっていた46束もの詩稿は、彼女の死後、妹ラヴィニアの手によって世に出ることとなり、いまやエミリ・ディキンスンは、アメリカを代表する詩人のひとりに数えられています。

もし、そんなエミリの詩の数々が、ディキンスン家に住み着いた一匹の白ネズミと、エミリとの交流によって生まれたものだとしたら…。
このちいさな本には、そんな愛らしい着想で描かれた、ファンタジーとも言える物語がおさめられています。
ですが、引用されているエミリの詩は長田 弘氏の訳しおろしたもので、ひとつひとつのエピソードは事実に即しており、エミリ・ディキンスンの詩の世界への入門書としてもおすすめ。
エミリの部屋の壁穴に住み着いた白ネズミ、エマラインの詩(著者スパイアーズの手になる詩)も挿入されていて、これがまた素敵なのです。
クレア・A・ニヴォラによる、表紙のエマラインがなんとも愛らしい!
中の挿絵は繊細ななモノクロの線画で、物語とよく調和しています。
一つの心が壊れるのをとめられるなら
わたしの人生だって無駄ではないだろう
一つのいのちの痛みを癒せるなら
一つの苦しみを静められるなら

一羽の弱ったコマツグミを
もう一度、巣に戻してやれるなら
わたしの人生だって無駄ではないだろう

『エミリ・ディキンスン家のネズミ』16ページより、
エミリ・ディキンスンの詩の一篇

→Amazon「エミリ・ディキンスン家のネズミ

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