■エロール・ル・カインの絵本

〜めくるめく幻想へと誘う、様式美の絵本画家〜


●エロール・ル・カイン ― Errol Le Cain ―

1941年、シンガポールに生まれる。
少年時代、インドに5年間在住したほか、日本、香港、サイゴンなどを転々とする。10代半ばにロンドンへ。広告会社で作ったアニメーションが認められる。
1968年、初めての絵本『アーサー王の剣』を出版。以来、数多くの作品を発表。 1985年、『ハイワサのちいさかったころ』で、ケイト・グリーナウェイ賞を受賞。 1989年、没。



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「アーサー王の剣」

「アラジンと魔法のランプ」

「いばらひめ」

「おどる12人のおひめさま」

「かしこいモリー」

「キューピッドとプシケー」

「サー・オルフェオ」

「まほうつかいのむすめ」



「アーサー王の剣」

エロール・ル・カイン 文・絵/灰島かり 訳(ほるぷ出版)
アーサー王の剣
はるか昔、ブリテンの国に、アーサー王という名高い王さまがおりました。
ある日、アーサー王は魔法使いマーリンとともに狩りに出かけ、湖の姫に出会います。姫はアーサー王に、命ずればどんな望みでも叶えてくれるという、魔法の剣エクスカリバーをさずけました。
美しい剣エクスカリバーは、何年ものあいだアーサー王によく仕え、戦のときには敵を倒し、また王を守る盾ともなりました。
ところがアーサー王の父ちがいの姉で、王に呪いをかけようとつけ狙う悪い魔女モルガナ・ル・フェが、魔法の剣エクスカリバーをこっそりと盗み出してしまい…。

『アーサー王の剣』は、エロール・ル・カインの処女絵本。
アーサー王伝説のなかでもよく知られた、魔法の剣エクスカリバーのエピソードが、ル・カインらしい様式美に満ちた、それでいてどこかユーモラスな絵で描かれています。
ケルトの神話―女神と英雄と妖精と (ちくま文庫) やっぱりル・カインの絵は魔法の空気をよく伝えてくれるなあ、と思いながら読んだのでしたが、訳者あとがきによれば、ル・カインはこの絵本にケルトの文様を巧みにとりいれているとのこと。
それもそのはず、アーサー王の父ちがいの姉モルガナ・ル・フェは、ケルト神話の女神モリガンと同一視されますし、魔法使いマーリンはケルトのドルイド僧を思わせるキャラクター。アーサー王伝説は、中世の騎士道物語ではありますが、古代ケルトの伝承のイメージを濃厚に反映しているのです。
ケルトの文様といえば、左の本(井村君江 著『ケルトの神話』)のカバー装画など典型的ではないでしょうか。
渦巻きや螺旋など、複雑な曲線を特徴とする、妖しく神秘的なケルト文様。文字をもたず吟遊詩人のみが伝承を語り伝え、ドルイドを信じた民族の古い文様は、魔法の雰囲気をぐっともりあげてくれます。

この絵本はまた、見開きの絵の美しさも際立っています。
金の翼をもち、金のラッパを吹きならす人たちが、塔のある城の絵のまわりに、ぐるっと円になって描かれているところなど、中世の天使像にも通うものがあるなと思いました。

→ローズマリ・サトクリフ『アーサー王と円卓の騎士』の紹介はこちら

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「アラジンと魔法のランプ」

アンドルー・ラング 再話/エロール・ル・カイン 絵/中川千尋 訳
(ほるぷ出版)
アラジンと魔法のランプ
思いがけず魔法のランプを手に入れたアラジン。 ひとめ見たお姫様の美しさに心をうばわれ、ランプの魔神の力を借りて、りっぱな宮殿をたて、お姫様と結婚します。
ところが魔法使いがやって来て、ランプも姫も宮殿も奪われてしまい、何とか姫を取り戻そうと、アラジンは…。

ラングの再話によるアラビアンナイトの物語に、ル・カインが絵を寄せた一冊。 絵はすべてフルカラーで、全頁に、彩りも鮮やかなファンタジー世界がひろがっています。
様式美の際立つ画風は円熟味を増し、幻想的な物語世界とぴったり調和。 東洋を旅した経験をもつル・カインならではの、オリエンタリズム溢れる絵から、 西洋の人々にとって異世界であった東洋の神秘的なイメージが、よく伝わってきます。
平面的な絵の中に息づく幻想世界の広大なことに、驚かされるばかりです。

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「いばらひめ」

グリム童話より/エロール・ル・カイン 絵/矢川澄子 訳(ほるぷ出版)
〜5歳から〜
いばらひめ―グリム童話より ディズニー「眠れる森の美女」の原作として有名なグリム童話を、ル・カインの華麗な筆で描いた絵本。
呪いをかけられた美しいお姫様。糸車のつむで指をさし、永い永い眠りについてしまいます。 いばらに囲まれた城の奥で眠りつづける姫の目を覚ますのは、王子様のやさしいキスでした。

ケイト・グリーナウェイ賞候補になった作品。細部まで描きこまれた衣装や背景など、中世ヨーロッパの風俗を伝える絵は美しく、 魔法に満ちた幻想的な物語世界をみごとに描き切っています。
グリム童話の中でも、わたしはこのおはなしがお気に入り。姫が指をついてしまう糸車のつむに、 子ども心にも恐ろしい、けれども魅惑的な魔法の匂いをかぎとったものです。 お姫様が古い塔の中で、糸車をまわすおばあさんに出会う場面の絵など、妖しく暗い魔法の空気が匂いたつようです。
なお、フェリクス・ホフマンも同じ原作で、『ねむりひめ』という美しい絵本を描いています。

→フェリクス・ホフマン『ねむりひめ』の紹介はこちら

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「おどる12人のおひめさま」

グリム童話より/エロール・ル・カイン 絵/矢川澄子 訳(ほるぷ出版)
〜5歳から〜
おどる12人のおひめさま―グリム童話 むかし、ある国に、12人のすばらしくきれいなお姫様がありました。
ふしぎなことに朝になると、お姫様たちのくつは、一晩中おどりあかしたみたいに、ぼろぼろに。 この謎をつきとめることになったのは、ひとりの貧しい兵士。はたして、お姫様たちは真夜中に、いったい何をしているのでしょう?

ル・カインの描くグリム童話は、めくるめく夢幻の世界。
この絵本は、ロココ調の華やかな装いをしたお姫様たちが、12人も描きこまれているというのが、とにかく圧巻。 一人ひとり違う髪型とドレスは、女の子ならうっとり見入ってしまうはず。
華麗な舞踏会の様子、テキストの縁取りの模様なども見どころですが、お姫様たちが通う地下王国の神秘的な風景は、とりわけ印象に残りました。

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「かしこいモリー」

ウォルター・デ・ラ・メア 再話/エロール・ル・カイン 絵/中川千尋 訳
(ほるぷ出版)
かしこいモリー むかし、あるところに、としをとった木こりがいました。おおぜい子どもがいて、いくら働いても貧しい木こりは、ある日、末の三人のむすめに糖蜜パンを与えると、たきぎをあつめておいでと森へやります。
森の奥で、帰り道がわからなくなってしまった三人。おなかがすいて、助けをもとめた家には、なんと人食い大男が住んでいました。三人のなかで、とびぬけてかしこい末むすめモリーは、知恵をしぼって、なんとか人食い大男の家から逃げ出しますが…。

『かしこいモリー』というのは、イギリスに伝わる昔話なのだそうで、このお話を再話しているのが、英国の詩人ウォルター・デ・ラ・メア。
イメージの魔術師ル・カインと、幼な心の詩人デ・ラ・メアとは、なんとも贅沢な組み合わせではありませんか。
さて、めくるめく幻想世界を展開しそうなコンビによるこの絵本、意外にもお話はわかりやすく楽しいもので、絵もかわいらしく、ちゃんと子ども向け(?)の一冊に仕上がっています。
貧しい木こりの末むすめモリーが、持ち前のかしこさで、いくつも危機をくぐりぬけ、最後には王子さまと結婚するというハッピーエンドの物語なのですが、王子さまに助けられるという筋書きでなくって、モリーが自分で結婚を勝ち取るというところが特徴的。
ル・カインの描くモリーは、軽快なおかっぱ頭で愛嬌があり、王子さまはなんだかぼんやりした草食系の感じで、意外にも現代的な切り口で読める一冊だなと思いました。

デ・ラ・メアらしいなと感じるのは、主人公が貴人でなくって貧しい出自というところ。デ・ラ・メアの物語の登場人物たちは、お姫さまや王子さまより、 貧しい煙突掃除の小僧やら女中やら、地味で見栄えのしない立場の人々であることが多く、そこが大人にとってはむしろ面白く感じられるのではないでしょうか。
ル・カインらしいなと思ったのは、最後の結婚式の夜を描いた一葉。青い月光に照らされて白鳥が舞い飛ぶ様子がまことに幻想的で、平面的なのに奥行きを感じさせる画面構成が、やっぱりル・カイン絵本の醍醐味だなと感じました。
それから、おそろしい人食い大男が、ピンクと青のしましまのナイトキャップをかぶって、ピンクのかわいいパッチワークのかけぶとんで眠ってるユーモラスさも、ル・カインらしい。
あと、テキストページのシルエット画など緻密に描きこんでいる細部も、見逃さないでくださいね。

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「キューピッドとプシケー」

ウォルター・ペーター 文/エロール・ル・カイン 絵/柴 鉄也 訳
(ほるぷ出版)
キューピッドとプシケー 人々が祈りをささげるほど美しい娘プシケー。しかしそのことが美の女神ヴィーナスの逆鱗にふれてしまいます。 女神は息子キューピッドに、プシケーを身分にふさわしくない恋のどれいとするよう言いつけます。
ところが恋の神キューピッドは、美しいプシケーを愛しく思い、彼女を妻にしてしまうのです。

ギリシア・ローマ神話をもとにして書かれた美と愛の物語に、ル・カインが独特の絵を添えた美しい一冊。
この絵本の絵はすべてモノクロで、ル・カインの様式美に満ちた装飾的な画風が、いっそう際立っています。 平面的なのに、物語の奥行きを伝えるル・カインの不思議な絵が、絢爛たる神々の世界に読者を連れ去ります。 最後の見開き、神々の天上の宴を描いた絵は必見。
大人も楽しめる絵本です。

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「サー・オルフェオ」

アンシア・デイビス 再話/エロール・ル・カイン 絵/灰島かり 訳
(ほるぷ出版)
サー・オルフェオ
古の世に、サー・オルフェオと呼ばれる王さまがおりました。
勇敢で慈悲深く、人びとにしたわれていたサー・オルフェオはまた、竪琴の名手でもありました。王の奏でる楽の音の、あまく美しいことといったら…人びとは城の広間に群れ集い、夜のふけるまで耳をかたむけるのでした。
ところがある日、愛する妃ヒュロディスが不気味な大王によっていずこかへと連れ去られ、サー・オルフェオは竪琴だけを手にすると、ぼろをまとい、はだしのまま城を出て、あてどない旅に出たのです…。

『サー・オルフェオ』は、中世イギリスで、吟遊詩人たちによって語り伝えられたロマンスを短く再話したものに、ル・カインがクラシカルな絵を寄せた美しい一冊。
このロマンスは、トールキンの『サー・ガウェインと緑の騎士』(原書房)にも収録されていて、ル・カインの絵本も読んでみたいと思っていたのでした。
『アーサー王の剣』と同じく、この絵本でもル・カインはケルトの意匠を使っていますが、『アーサー王〜』よりもケルティックな雰囲気がより前面に出ていると感じます。
ギリシャ神話とケルトの伝承がまざりあっているというこのロマンスに、ケルトの文様はこの上なくしっくりきます。
妃ヒュロディスが連れていかれた、不気味な大王が支配する不思議な国は、ケルトの薄明の向こうがわに広がる妖精の国を思わせます。
表紙にもなっている、白妙の衣装をきた女人ばかりの狩りの一団が、螺旋を描くように山肌に開いた不思議な扉のなかへ消えていく一葉などは、ことにケルトの妖精譚を思い出させる妖しさに満ちています。

→『アーサー王の剣』の紹介はこちら
→トールキン『サー・ガウェインと緑の騎士』の紹介はこちら

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「まほうつかいのむすめ」

アントニア・バーバー 文/エロール・ル・カイン 絵/中川千尋 訳
(ほるぷ出版)
まほうつかいのむすめ むかしむかし、世界のてっぺんにある白くてつめたい国に、魔法使いとそのむすめが、ふたりきりで暮らしておりました。 たいそう美しいむすめには名前がなく、魔法使いはただ「むすめ」と呼ぶばかり。 日々のすさびに本を読むうち、むすめは自分の名前と、母親のことを知りたいと願うようになります。

アントニア・バーバーが、ベトナムから迎えた養女のために書いたという物語を、ル・カインが幻想的な絵本に仕上げた珠玉の作品。 ル・カインの多様な画風のすべて、西洋と東洋のあわいにたゆたう、広くて深い幻想世界が、この一冊に、絵本というかたちで定着されています。
とりわけ、図柄を平面的・規則的に配する画風が極まり、物語世界を独特の様式美で彩っています。 絵画様式の詳しいことはわかりませんが、ひとめ見て、ちょっと言葉が出ないような不思議な美しさ。
ル・カインファン必見の絵本です。

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