■平出 隆の本

〜端正な日本語、言葉の力〜


『葉書でドナルド・エヴァンズに』という本を、その趣向にひかれて手にとって以来、平出氏の文章に魅せられています。
平出 隆氏は、現代日本詩壇を代表する詩人。詩人としての鋭敏な感性と、感じの良い人柄をにじませる端正な日本語は、読んでいて清々しい気持ちにさせてくれます。
詩人とはいっても、肩のこらない散文作品も多く発表されていて、わたしはもっぱら散文ばかりを読んでいるのですが(^^;

このページでは、読書日記にアップした、平出 隆氏の本の感想をまとめてあります。また氏の著作は、装幀もすばらしいです。

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著者紹介

「葉書でドナルド・エヴァンズに」

「ウィリアム・ブレイクのバット」

「猫の客」

「ベルリンの瞬間」




▼著者紹介


平出 隆 ― ひらいで たかし ―

詩人、作家。
1950年、福岡県生まれ。一橋大学社会学部卒。河出書房新社在籍中は、川崎長太郎らの担当編集者を務めた。のち多摩美術大学教授。
著書に、『旅籠屋』(紫陽社、1976)、『胡桃の戦意のために』(思潮社、1982、芸術選奨文部大臣新人賞)、 『家の緑閃光』(書肆山田、1987)、『ベースボールの詩学』(筑摩書房、1989)、『白球礼讃』(岩波書店、1989)、 『左手日記例言』(白水社、1993、読売文学賞)、『葉書でドナルド・エヴァンズに』(作品社、2001)、『猫の客』(河出書房新社、2001、木山捷平文学賞)、 『ベルリンの瞬間』(集英社、2002、紀行文学大賞)、『伊良子白書』(新潮社、2003、芸術選奨文部科学大臣賞・造本装幀コンクール経済産業大臣賞)、 『ウィリアム・ブレイクのバット』(幻戯書房、2004)などがある。

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●作品紹介


「葉書でドナルド・エヴァンズに」

平出 隆 著(作品社)
葉書でドナルド・エヴァンズに 真っ白な表紙カバー。まんなかにぽつんと、青っぽい、一枚の四角い切手。その下に、銀色に箔押しされたタイトルと、著者の名前。
そして帯に、こんな言葉。
  架空の切手の、
 架空の国への、
ほんとうの旅
ぱっと見た感じでは、実にそっけない佇まい。この本は読んでみて初めてその真価がわかる、素晴らしい一冊です。

著者の平出 隆氏は、現代日本の詩壇を代表する詩人。
ドナルド・エヴァンズというのは、切手に魅せられるあまり架空の切手を描くようになり、やがて架空の切手を発行する架空の国、その国の通貨、国旗、紋章、宗教まで創造した、夭折の画家。
そんな画家、現実にいたのだろうか? と思わせますが、どうも、いたようです。
平出氏は、この画家につよく憧れ、彼の足跡をたどる旅に出て、旅の途上、「葉書でドナルド・エヴァンズに」、短い日記を送りつづけます。 その葉書を一冊にまとめたものが、この本、という次第。
詩人が、今は亡き風変わりな画家にあてて発信した葉書。もちろん、画家の手になる架空の切手を貼って。
なんて素敵な趣向でしょう。
わたしははじめ、ドナルド・エヴァンズの切手の図版がたくさん載っていることを期待して、この本を手にとったのでしたが、図版のページは、ほんのわずか。
あとは文章ばかりで、ちょっとがっかりしながら読み始めたのでしたが、がっかりしたなんて、詩人の選び抜いた言葉に対して、失礼でした。

余白の白さが目立つ本文。まさにこの余白にこそ意味があって、白い空間の静謐が、ひとつ葉書を読むたびに、次へ次へとページを繰らせるのではなく、少しの間、立ち止まらせてくれるのです。
そうしてその少しの間に、エヴァンズの創り出した、切手の向こう側の世界に、思いをはせることができるのです。
読み終えたときには、詩人と一緒に、架空の国を旅した気分に浸れます。詩人の文章の、この素晴らしさ。

最後、エヴァンズが行こうとして行けなかったランディ島、独自の切手を発行する「世界からまったく離れた世界」へと、詩人が船で渡り、そこで偶然、日没の瞬間まれにしか見られないという、 緑閃光を目にする場面など、ほんとうに完成された詩的な世界と感じました。

ドナルド・エヴァンズの描いた、架空の切手。
それは架空の世界を覗き見るための、ちいさな窓。
まだまだエヴァンズの世界も、平出氏のことも、理解したわけではないけれど、この本の中に閉じ込められた空気、その清々しさ、その静けさに、とても心惹かれます。
さようなら、ドナルド。ぼくはいま旅立ったところだ。世界へ、世界から。すべてはまるで違っていて、親しいドナルド、ぼくにもすべてがあたらしい。

「葉書でドナルド・エヴァンズに」より

2006/08/06

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「ウィリアム・ブレイクのバット」

平出 隆 著(幻戯書房)
ウィリアム・ブレイクのバット 新版 いろいろな雑誌に数年にわたって発表された、詩人・平出 隆氏によるエッセイを、一冊にまとめた本。
「葉書でドナルド・エヴァンズに」について書かれた「glad day」、著者の愛する野球について芸術という切り口から語った「ball, bat & art」、42歳を過ぎての運転教習にまつわる話「kafka's drive」の、3章構成になっています。
「葉書でドナルド・エヴァンズに」は、完成された詩的な世界だと感じましたが、こちらは、親しみやすく肩のこらない読み物という印象。 しかしこれが、かなり凝った体裁の一冊になっているのです。

まず装幀が綺麗。
白いカバーをはずすと渋い緑の表紙、カバーの真ん中に、ビール瓶のラベルのように本のタイトルと著者の名前がレイアウトされています。 「ウィリアム・ブレイクのバット」の絵も配置されているのが素敵です。
次に、収録されている図版の数々。
ドナルド・エヴァンズの切手が貼られた絵葉書の体裁になっている図版のページが、けっこうたくさんあって、著者が撮った写真や、ウィリアム・ブレイク、ラウル・デュフィなどの絵が、 しゃれた感じにレイアウトされています。

そして何より、詩人の書くエッセイというものの素晴らしさ。
とくに印象深かったのが、「ball, bat & art」の章です。
著者のこよなく愛する野球。けれどもわたしは野球にこれといって興味はなく、ページを繰る前は、面白く読めるものなのかな? などと思っていたのですが、これは杞憂でした。
野球を愛する詩人は、ベースボールを芸術や美学、詩学ともいうべき切り口から語りなおし、スポーツとしての野球に興味のない読者をも、ひきつけてしまうのです。
たとえば表題にもなっている「ウィリアム・ブレイクのバット」について。
ウィリアム・ブレイクといえば、詩人でもあり挿絵画家でもあった人物。独自の神秘思想を展開し、「無垢の歌」「経験の歌」などを著した芸術家だということは有名ですが、はたしてベースボールとどのような関係が?
著者は野球を愛するあまり、打撃の道具にひかれ、さらに古今の美術作品の中に、その種の図像を見つけては過敏に反応してしまうのだといいます。 著者が見つけた「ウィリアム・ブレイクのバット」とは、ブレイクの詩集『無垢の歌』のなかの「こだまする緑の原」という詩に、ブレイク自身が添えた図版。この図版の中に、バットを持った少年が描かれているのです。
ブレイクの絵にエヴァンズの切手が配された図版とともに、著者はブレイクとベースボールについて、難解にならない程度に語り聞かせてくれます。
これがとても面白いのです。野球をこんな視点から見たことはなかったし、ブレイクのみならず、さまざまなアートとからめて語られるベースボールは、神話のように魅力的です。

こんなふうに感じられるのは、詩人の文章に、純粋な喜びがにじみ出ているから。
けっして理屈っぽくなく、小難しくなく、ただただ野球が好きで、芸術が好き、それだけという印象なのです。
知識をひけらかすような感じ、わざとアカデミックに書いているという感じが少しもせず、読んでいてほんとうに純粋に面白いのです。
知識をたくさん持っていて、芸術に造詣が深くて、その上で、こんなふうに素人にでも語りかけられる人というのは、稀有なのではないか、と思えました。
平出氏は大学で講義もされているとのこと、こんな先生に教わってみたかったなあ、などとも考えてしまいました。

誰でも気軽に読めるエッセイだからこそ、詩人ならではの言語感覚の鋭さや、風景の切りとり方、その手並みの鮮やかさに、はっとさせられる一冊。
ユーモアもたっぷりで、気取りのない著者の人柄も感じられ、とても楽しい読書体験になりました。

2006/08/27

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「猫の客」

平出 隆 著(河出書房新社)
猫の客 ときは1988年、昭和も終わろうとしていた頃。
古い大きな日本家屋の離れを借りて住んでいた著者夫婦は、ある日、近所にまぎれ込んできた一匹の仔猫と出会います。
隣の家で飼われることになった仔猫<チビ>は、やがて離れの庭に入り込んで遊んでいくようになり、その様子を見守るうち、「猫の客」は夫婦にとって、かけがえのない存在になっていきます―。
バブルの狂乱の狭間の、奇跡のようにしずかな暮らし。ふしぎな猫と詩人と妻の、あたたかく切ない交流の物語。

読みはじめてすぐに、端正な美しい日本語に魅せられてしまいました。
「葉書でドナルド・エヴァンズに」「ウィリアム・ブレイクのバット」を読んで、平出 隆氏のことを知り、この本も手にとったのですが、 詩人の風景の切り取り方や、言葉の選び方の洗練には、やはり唸らされるものがあります。
「葉書で〜」などは、夭折の画家ドナルド・エヴァンズについて、またアメリカやオランダ、イギリスの旅について書かれており、全篇にただよう異国の雰囲気が素敵でしたが、 こちら「猫の客」は、古きよき日本情緒、そのしずけさが何とも心地よい小説でした。

とにかく、<チビ>がかわいい。
わたしはどちらかというと犬派で、猫好きというわけではないのですが、ここに描かれている<チビ>は、ほんとうに愛おしく感じられます。
この作品は私小説的に書かれており、読んでいるうち、書き手の<チビ>への愛情に感応してしまうのです。
けっして猫の愛くるしさを書き連ねてあるわけではなく、むしろ抑制された筆致であるのに、ここまで猫の愛おしさを表現できるとは。 言葉の力といったものを考えさせられます。

また時代背景と、この小説の中に切り取られたしずかな空間との、対比の素晴らしさ。
古い日本家屋や、庭園、そこでの猫との幸福な暮らしも、やがて時代に押し流されるように過ぎ去ってゆくことの、何ともいえない切なさが、際立っています。
作中で何度も「運命<フォルトゥーナ>」という言葉が繰り返されますが、 人間の力ではどうすることもできない、氾濫する川の流れにも似た時代の渦中で、呆然としたり、焦ったり、迷ったりしながら、それでも日々を生きている著者の姿にも、共感をおぼえます。
文章はとても洗練されていて、まぎれもなく著者は詩人に違いないのに、生きる姿勢に芸術家然とした印象がなく、 変な言い方かもしれませんが等身大という感じがするのです。
これはわたしが、平出氏の著作に惹かれる理由でもあります。

とても読みやすく、ほんの2時間ほどで読了してしまったのでしたが、清々しい、良い時間を過ごすことができました。
美味しい水を飲むように、ゆたかな日本語を味わえる、まさに珠玉の一冊。 ぜひぜひ、猫好きの方も、猫好きでない方も――

2006/09/03

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「ベルリンの瞬間」

平出 隆 著(集英社)
ベルリンの瞬間 第2次世界大戦の悲惨を、今なお彷彿させずにはおかないドイツの首都ベルリン。
著者は1998年5月から翌年5月までの一年間、ベルリンに滞在した折のさまざまなエピソードを、日記のような形式で綴っています。
言語の異なる土地での生活にまつわるあれこれから、カフカを思い、ベンヤミンの足跡をたどり…。
詩人の言葉を追ううちに、ベルリンという都市の稀有な姿が、克明に浮かび上がってきます。

第11回紀行文学大賞受賞作。ですが巻末の著者の言葉によれば、「本書は基本的に紀行エッセイの類いに分類されるものですが、 著者としては、散文作品としての試みをかさねたつもりでもあります」とのこと。
ジャンルにこだわるつもりのないわたしとしては、平出氏の文章がただ読みたいというだけの理由で、この一冊を手にとりました。
印象としては、先に読んだ『葉書でドナルド・エヴァンズに』『ウィリアム・ブレイクのバット』『猫の客』よりも硬めの語り口で、紀行エッセイというよりは、やはりアカデミックで濃密な散文作品といった味わい。
そもそも、わたしはこの本に登場する多くの作家、評論家、芸術家たちを知らず、カフカも読んだことがなければ、 ベンヤミン、パウル・ツェランの名前に至っては、この作品ではじめて耳にした、というレベルの読者なのです。
ベルリンという都市についてもまた然りで、たとえばヨーロッパの他の都市にくらべ、なじみが薄く、はっきりとした印象がありませんでした。
ただ1989年に、ベルリンの壁が崩壊したときのことだけは、ニュース等で見て、市民が壁をうちこわす映像を、鮮明に思い出すことができます。

さてわたしのような読者が、芸術論や詩論、都市論さえまじえて語られるベルリンの一年を、楽しむことができたのでしょうか?
もちろん、とても楽しい読書体験でした。
読み始めたときはとっつきにくい感じもしたのですが、この本の言葉のリズムに慣れていくと、アカデミックな話題もむしろ快く、文学や芸術が善きものに思われてくるのです。
読み手が知らないことも、ほんとうに面白く語り聞かせてくれる。だからわたしは、平出氏の散文作品を好きだと思うのかもしれません。

言葉も習慣もちがう異国の地。荷物の配送ひとつに戸惑ったり、引越し先を探すため地元の不動産屋をまわったり、ドイツ語を習うため学校に通ったり。 外国での長期滞在にまつわる、そんな身近な話も面白いです。
そこから、飛躍することなくカフカやベンヤミンの話に、自然につながっていきます。
またこの本では、ベルリン滞在中に訪問したヨーロッパの諸都市についても触れられていて、 「ウィリアム・モリスがアーツ・アンド・クラフツ運動を展開した土地」ロンドンや、ローマ、フィレンツェ、アムステルダムなど、 さまざまな都市の空気を感じることもできます。
ポーランド、アウシュヴィッツを訪れたときのくだりなど、やはりつよく印象に残ります。

この本を読んでいる間、わたしは幸せで、それはやはり本に目を落としている時間、ベルリンを旅している気分になれたからなのだと思います。
最近テレビで、ベルリンの大きなクリスマスツリーを目にして、行ったこともないのに、懐かしいような慕わしいような気持ちさえ感じました。

けれども何よりわたしは平出氏の綴る文章が好きで、一節、一節の終わりに、余韻を残すような一文を書かずにはおれないところ、 「どこかで格子を設けるような思考」の仕方、そういったものに、なぜだか惹かれます。
結局、この濃密な散文作品も、わたしは美味しい水を飲み干したように読了し、また次の平出作品に、餓えたように手をのばすことになるのでした。

2006/12/17

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