■ビネッテ・シュレーダーの絵本

〜不思議でシュールな夢の中の風景〜


●ビネッテ・シュレーダー ― Binette Schroeder ―

1939年、北ドイツのハンブルグに生まれる。
ミュンヘンの美術学校を経て、スイスのバーゼルの実業学校で5年間グラフィックを学んだ。その後、写真家として身をたてながら絵本を描き続け、『お友だちのほしかったルピナスさん』で、ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)金のりんご賞を受賞し、広く認められる。
主な作品に、『お友だちのほしかったルピナスさん』ほか、『ラ・タ・タ・タム』、『こんにちはトラクター・マクスくん』(3冊とも岩波書店)、『わにくん』(偕成社)などがある。


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「お友だちのほしかったルピナスさん」

「ラ・タ・タ・タム」

「かえるの王さま」



「お友だちのほしかったルピナスさん」

ビネッテ・シュレーダー 文・絵/矢川澄子 訳(岩波書店)
お友だちのほしかったルピナスさん (大型絵本)
ルピナスさんは、まちはずれのきれいな花ぞのに住んでいました。なかよしの鳥のロベルトが、毎朝飛んでいって、イチゴやサクランボなど、おいしいものを運んできてくれます。ふたりは、とてもしあわせでした。
ただ、ルピナスさんはひとりで留守番しているうちに、憂鬱になってしまうことがありました。ロベルトはルピナスさんのために、ふたりのお友だち、紙の箱でできたパタコトン氏と、たまごの紳士ハンプティ・ダンプティを連れてきました…。

『お友だちのほしかったルピナスさん』は、ビネッテ・シュレーダーの処女作。
ページをめくると独特の濃密な世界、シュールでどこかさびしいような幻想的な光景がひろがっていて、圧倒されてしまいます。
まず主人公のルピナスさんは、絵を見るかぎりお人形のようです。といって、ロベルトは絵を見ても、何という鳥なのかわかりません。パタコトン氏はといえば四角い白い紙の箱、ハンプティ・ダンプティはもちろん、マザー・グースのおなじみのキャラクターです。
ルピナスさんとパタコトン氏とハンプティ・ダンプティの3人は、散歩に出かけ、次々といろんな事件がおきますが、それらは脈絡がありません。
パタコトン氏がつくった紙の家でお菓子をたべ、家ごと風にとばされ、ハンプティ・ダンプティが紙の家を飛行機に早がわりさせ、風がやんで海に不時着、飛行機を船につくりかえたけれど、紙でできた船はすぐ沈んでしまい…。
これらの筋があるようでないような場面たちが、グラフィックを学んだ人ならではの、すっきりとデザインされた画面構成で表現されています。
けれどもデザイン性というだけでは説明できない、絵の中にひそむ、どこか不安な昏いかげ。
不思議にさびしい金いろの野原。シュールな紙の家。ぶあつい黒雲のふしぎな色あい。青い海に沈んでいく白い紙の船の上で、途方にくれたようなルピナスさんとパタコトン氏とハンプティ・ダンプティ。ルピナスさんとロベルトが眠る、月夜の花ぞののミステリアスな様子。
まさに、これらは夢の中の風景だな、と思いました。
展開はまるででたらめで、次々うつりかわる風景はいつか見た何かの断片のコラージュのようで、あぶない目にもあったりして、それをとてもリアルに感じる。夢の楽しさとこわさと不安が、この一冊に美しく込められていると思いました。

またこの絵本、女性である作者のごく内的な世界が描かれているからか、主人公のルピナスさんが愛らしいお人形だからなのか、矢川澄子さんの訳によるものか、とても「乙女的」だなと感じるのは、わたしだけでしょうか?

→「乙女のための絵本」はこちら

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「ラ・タ・タ・タム」

ちいさな機関車のふしぎな物語
ペーター・ニクル 文/ビネッテ・シュレーダー 絵/矢川澄子 訳(岩波書店)
ラ・タ・タ・タム―ちいさな機関車のふしぎな物語 (大型絵本) チッポケ・マチアスはちびで、発明が得意。そしてひとからへんに思われるほどの「機関車きちがい」でした。いつも町はずれの工場の機関車を見に行っていましたが、職工たちにおいたてられるので、マチアスは自分でちいさな白い機関車を作ります。
けれども工場長が、かわいらしくって、すてきなその機関車を気に入り、マチアスからとりあげてしまいます。マチアスは「もっとやさしいひとたちのいるところへいくんだ」と、自分で作った空とぶ自転車にのって、町からいなくなってしまいました。
ちいさな白い機関車は、工場長の庭園から逃れでて、マチアスを追いかけ、ふしぎな冒険の旅に出ます…。

『ラ・タ・タ・タム』も、『お友だちのほしかったルピナスさん』と同じく、とても夢幻的で美しい一冊。この絵本のおはなしは、ビネッテ・シュレーダーのご主人ペーター・ニクル氏が書いたものです。
自分を作ってくれたマチアスをしたう、ちいさな可愛らしい機関車。この機関車のゆく世界の、ふしぎさ、さびしさ、美しさ。
見開きで描かれた、工場長の庭園のつめたい青白さ。風変わりなかたちの山の上にお城がある風景。果てしなくひろがる黄色い荒野。
計算されデザインされつくした、緻密で奥行きの深い画面は、見る者をきみょうな夢幻のなかへ誘います。
ふくろうが、ちいさな白い機関車に、マチアスの居場所を暗示する、なぞなそのようなことを言うのですが、そのなぞそのもののような月夜の風景を、見開きで描いた絵などは、シュルレアリスム絵画を思わせます。
「つめたさと暖かさとの奇妙に入りまじったシュレーダーさんの世界は、さまざまな不安におびやかされる現代人のこころに静かに訴えかける力をもっているのでしょう」絵本に付されたリーフレットに書かれた訳者の矢川澄子さんのことばが、ビネッテ・シュレーダーの絵本の魅力をひとことで教えてくれています。
わたしも、シュレーダーの絵筆が繰り広げるふしぎな世界に、すっかり魅了されてしまいました。

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「かえるの王さま」

または忠臣ハインリヒ
グリム童話/ビネッテ・シュレーダー 絵/矢川澄子 訳(岩波書店)
グリム童話 かえるの王さま (大型絵本)
むかし、まだ、ねがいごとの何でもかなったころのこと、あるところに王さまが住んでいました。王さまの末のひめは、お日さまでさえはっとするほどの美しさでした。
おひめさまは、暑い日には、お城のそばの大きな暗い森にゆき、菩提樹の根かたの泉のふちにこしかけました。そしてお気に入りの金のまりをほうりあげてはうけとめて遊ぶのです。
あるとき、この金のまりが泉の中に落ちてしまいました。泣き出したおひめさまに声をかけたのは、ずんぐりみっともない一匹のかえるでした。かえるは、金のまりを拾うかわりに、おひめさまと一緒のテーブルで、一緒の金のおさらから食べ、一緒のコップで飲んで、一緒のベッドに寝かせてくれるよう、おひめさまから約束をとりつけますが…。

有名なグリム童話の1篇に、ビネッテ・シュレーダーが絵を寄せた一冊。美しく、なぞめいていて、おそろしくもある絵の数々が、グリム童話のエッセンスを見事に伝えてくれています。
「大きな暗い森」の不気味さは、魔法の息づいていた時代の森のおそろしさが感じられます。遠近法を駆使した奥行きのある画面はとても幻想的で、お城の中の長い長い廊下を、おひめさまがかえるを指先でつまんで奥へ奥へと歩いてゆく場面など、石づくりの広大な城の、魔法のひそむひんやりした空気が感じられるようです。
折々漫画のコマ割りのような手法で、かえるやおひめさまの動きが表現されているのも面白く、ことにかえるが王子さまに姿を変えていく場面は印象的。ネット上ではグロテスクという表現もされているようですが、かえるの変身途中の姿は、映画『ロード・オブ・ザ・リング』の登場人物ゴラムを彷彿させます。
グリム童話の奥深さを伝える絵本であると同時に、ここに描かれた絵のいくつかは、ドイツやヨーロッパのどことも思われない、不思議な風景を描き出しています。
最初と最後の、忠臣ハインリヒがかえるの王さまを迎えに白馬八頭だての馬車でゆく、その魔法の国の風景は、この地上のどこにもない、ビネッテ・シュレーダーの王国なのでしょう。

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