■ジェイン・オースティンの本

〜無類の面白さ、永遠の人間喜劇〜


ジェイン・オースティンの手紙 (岩波文庫)

細かい毛筆を使って、どんなに手間をかけても効果がほとんど目に見えないものを描いた小さな(二インチ幅の)象牙のような私の作品



1816年12月16日付オースティンの書簡
新井潤美 編訳『ジェイン・オースティンの手紙』(岩波書店)450ページより

辛辣な観察眼と機知に富んだユーモア感覚をあわせもち、日常の些細な事柄を心浮き立つドラマに仕立てあげ、そこに普遍的な人間性をも浮かび上がらせてみせた、19世紀初頭の偉大な女流作家ジェイン・オースティン。
オースティン作品は、いかにも古典文学然として書店の棚に並んでいるけれども、肩の凝らないエンターテイメントとしても、現代のベストセラーにひけをとらない読みやすさと面白さです。
現代のベストセラーと違うところは、ページを繰ればタイムスリップできてしまうということでしょうか―満月の夜には馬車が行き交い、貴族の屋敷で華やかな舞踏会が催されていた、200年前の古き良き優雅な英国へ。

*「マンスフィールド・パーク (ちくま文庫)」→ちくま文庫の新訳、2010/11発売!

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▼著者紹介
▼小説作品
「高慢と偏見」「自負と偏見」 「エマ」
「分別と多感」 「マンスフィールド・パーク」
「説得」 「ノーサンガー・アビー」「ノーサンガー・アベイ」
▼書簡集
「ジェイン・オースティンの手紙」
▼関連書籍
「ジェイン・オースティン ファッション」 「ジェイン・オースティン料理読本」
「図説ジェイン・オースティン」


▼著者紹介


ジェイン・オースティン肖像

ジェイン・オースティン
Jane Austen(1775-1817)

1775年12月16日、イギリス、ハンプシャー州スティーヴントン村に生まれる。
1805年、牧師だった父が亡くなり、1809年、ハンプシャー州チョートンに転居してから、母と姉、親類の娘らと女性だけの生活を送るなかで、創作活動に専念した。
1811年『分別と多感』、1813年『高慢と偏見』を出版、好評を博す。つづけて1814年『マンスフィールド・パーク』、1815年『エマ』を出版。これらはすべて「ある婦人作」などと匿名で出版された。
1816年春に体調が悪くなり、1817年5月24日、よい医者にかかるため姉キャサンドラとともにウィンチェスターに移るも効なく、7月18日、静かな死を迎えた。41歳7か月の生涯であった。
1817年12月末、『説得』『ノーサンガー・アビー』合本で出版。四兄ヘンリーによる著者略歴が付され、このときはじめて作者の名が明かされた。

6編の代表作は、すべて一種の結婚喜劇、同工異曲のストーリーだが、辛辣な観察眼と機知に富むユーモアで、人間の微妙な心の動きを見事に描き出し、平凡な日常生活のドラマを完璧な芸術へ高めたと言われる。
ジェイン・オースティンは、200年の時を経た今も読者を魅了しつづける、19世紀英国が誇る偉大な女流小説家である。

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▼小説作品


高慢と偏見 上   ちくま文庫 お 42-1 高慢と偏見 下   ちくま文庫 お 42-2

「高慢と偏見 上・下」
ジェイン・オースティン 著/中野康司 訳(ちくま文庫)

「自負と偏見」
オースティン 著/中野好夫 訳(新潮文庫)

自負と偏見 (新潮文庫) イギリス小説史上最高の作品とも言われる、ジェイン・オースティンの代表作。舞台は200年前のイギリスの田舎町、美人でやさしい姉ジェーンと青年紳士ビングリー、才気と茶目っ気にあふれた妹エリザベスと大金持ちで少々気難しいダーシー、二組の結婚にいたるまでのお話。ヒロインはエリザベスで、とっても魅力的な女性です。

テーマパークのアトラクションみたいに、無理やりぐいぐい連れ去られて、猛スピードで読まされる小説が、好きではないわたし。でもオースティンとウッドハウスは例外だなあ、大好き。ぐいぐい読まされても疲れない、というか心地よい疲れ(^^)
オースティンの小説、とりわけこの『高慢と偏見』は、読み始めるとやめられなくて、トイレに立つ時間も惜しいくらいの面白さなのです。再読でも、そう。夜更かししてでも最後まで読まずにはいられない!
『高慢と偏見』は、オースティンの長編のなかでも、ストーリーテリングの上手さが際立っていると思う。冒頭のエリザベスの両親の会話から、もう物語にぐいとひきずりこまれて、軽妙な会話、喜劇的なキャラクターの登場、いわくありげな描写で、次は?次は?と前半興味をそそられる。 で、物語の真ん中ぐらいに「おおっ!」というイベントが持ち上がり、後半は怒涛の展開。大昔のイギリスの田舎町の結婚話という設定で、ここまでスリリングに読者をひきつけるとは…やはりオースティン、なのです。

オースティン特有の辛辣な皮肉とユーモアも盛りだくさん。冒頭のエリザベスの両親の会話からして、品のない頭の軽い夫人と、夫人のおしゃべりをまったく聞いてない旦那という構図が、今の日本でも見られそうで、ほんとに面白いし、なんか考えさせられます。
登場人物たちは皆欠点だらけだし、女子のリアルな嫌味に、赤裸々なガールズトークは、よくここまで書くな〜と思うほど。
ダーシーからの求婚を一度は断ったエリザベスが、ダーシーが実は高慢どころか誠実な人物だったと知って、自らの偏見を反省するのだけれど、そんな彼女が旅先で、ダーシーの立派な邸と広大な荘園を目にして、「こんな邸の女主人になるのも、まんざらではない!」(『自負と偏見』(新潮文庫)より)と思うあたり、ああ、リアルすぎる女子の心理…。
200年前の人間模様は、今とまったく変わらなくて、オースティンを読んでいると、人間っていうのはこういうものなんだと、他人と自分の愚かさを許せる気持ちになってくるから不思議です。

ハッピーエンドのロマンス小説としても楽しめるし、再読するときには人間の愚かさと愛しさに気付かされ…読めば読むほど含蓄深い、まさに、永遠の人間喜劇。
モームの『世界の十大小説』に選ばれている作品だからって、構えずに普通に読んでみよう!と、未読の人にはぜひともおすすめしたいです。

さて、こういう名作は、どの訳で読むのか迷うところなのですが、わたしが読んだのはちくまと新潮のふたつの訳。ちくま文庫の訳は、現代的でわかりやすい新しい訳。新潮文庫の中野好夫氏の訳は、定評ある昔ながらの品の良い、味わい深い、おっとりした訳。参考になれば幸いです。

→Amazon「高慢と偏見 上 ちくま文庫 お 42-1」 「高慢と偏見 下 ちくま文庫 お 42-2
自負と偏見 (新潮文庫)

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エマ (上) (ちくま文庫) エマ (下) (ちくま文庫)

「エマ 上・下」

ジェイン・オースティン 著/中野康司 訳(ちくま文庫)
エマ・ウッドハウスは美人で頭がよくて明るくて、村一番の大地主のご令嬢。この世の幸せを一身にあつめたような女性だけれど、甘やかされて育ったため、何でも自分の思いどおりにでき、また自分を過大評価しすぎることが欠点。
そんなエマが「縁結び」に凝りだしたから、さあ大変。私生児ハリエットのお相手にと、美男子のエルトン牧師に勝手に白羽の矢を立て、ハリエットに思いを寄せる農夫マーティンとの結婚話をつぶしてしまう。ハリエットもエマのおだてにその気になってしまうのですが、実はエルトン牧師は…。
エマの勘違いでこんぐらかる「縁結び」騒動。けれどもエマを幼い頃から知っているナイトリー氏は、エマに率直に忠告し、彼女を見守り続けるのでした…。

わたしはこの『エマ』が大好き。ヒロイン、エマの性格は、階級意識にこだわりすぎていて、最初は勘にさわるところもあるのだけれど、失敗したらそれを認めて、反省して、ちゃんと謝り、行動を正し、暗い気持ちをひきずらずに立ち直る、元気なかわいい女性です。
で、エマを見守るナイトリー氏が、それはそれは大人で、厳しくもやさしい、洗練された紳士で、最高にかっこいいのです。
オースティンの描いたヒーロー役のなかでは、ナイトリー氏がいちばんかっこいいと思う。ダンスパーティでエルトン牧師にいじわるされて踊りの相手がいなくなり、みじめだったハリエットに、普段は踊らない主義(?)のナイトリー氏がダンスを申し込む場面が、いいよね〜。
でもって、それはハリエットへの思いやりでもあるんだけど、ほんとうはハリエットを可愛がっているエマのためにやってることなんだよね〜。ああ、かっこいい…。

さて、『エマ』はオースティンの後期作品で、『分別と多感』『高慢と偏見』の初期2作品に比べて、辛辣さや皮肉なユーモアが、ストレートにではなく、円熟した筆さばきで描かれているところが、またよしなのです。
結婚喜劇でもあるけれども、オースティンの小説はホームドラマの要素が強く、『エマ』ではとくにそれを感じました。
エマと、自分が病弱だと信じている善良な(であるがゆえに滑稽な)父ウッドハウス氏。ここに帰省してくる姉夫婦。この帰省時の会話、心配性のウッドハウス氏と干渉されたくない娘婿がちょっと険悪になるくだりとか、それを回避しようと気を使うエマの様子が、もう、あるある〜と共感せずにはいられない。
『エマ』では舞台がハイベリーという村に限定されていて、登場人物もそれほど多くないのだけれど、だからこそ深く読ませる最高の喜劇に仕上がっているのだろうと思います。

ちなみに、エリザベス・ボウエンの短篇「割引き品」(単行本『あの薔薇を見てよ』に収録)の作中で、重要な登場人物である女家庭教師が、『エマ』を読んでいるのですが、わたしがオースティンを読もうと思ったのは、そもそもそれがきっかけなんですよね。
「割引き品」はちょっと怖い話なのだけれど、それで『エマ』はどんな話なのかと気になっていたら、こんな明るい結婚喜劇だったのかとびっくり。たしかに『エマ』でも、「女家庭教師」というキーワードは重要なのですが…(ちなみに当時のイギリスの「女家庭教師(ガヴァネス)」は、社会的地位が低く、差別的な扱いを受けることも多かったようです)。
「女家庭教師」が幸せになる、明るい『エマ』を、幸せそうでない女家庭教師が黙って読んでいる…と思うと、よけい怖いかも。

ともかく、ちくま文庫版の『エマ』は、読みやすい新しい訳で、すべての未読の人におすすめだと思います。

→エリザベス・ボウエン『あの薔薇を見てよ』の紹介はこちら

→Amazon「エマ (上) (ちくま文庫)」 「エマ (下) (ちくま文庫)

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分別と多感 (ちくま文庫)

「分別と多感」

ジェイン・オースティン 著/中野康司 訳(ちくま文庫)
「分別」のある姉エリナーと、「多感」な妹マリアン。姉妹は父が亡くなると、母とともに、それまで住んでいたノーランド屋敷を追われ、遠く離れたちいさなバートン・コテッジに落ち着くことになります。
エリナーは、ぱっとしない容姿だけれど誠実なエドワードに思いを寄せ、マリアンは美貌の情熱的な紳士ウィロビーに激しく恋します。
エドワードとの恋に思いがけない障害が訪れるもしっかりと立ち向かうエリナー。マリアンに夢中だとばかり思っていたウィロビーの不審な行動。姉妹の恋は紆余曲折を経ますが…。

『分別と多感』は初期作品なので、オースティンの辛辣な人物描写が全快という印象です。
エリナーとマリアン、ふたりのヒロインの性格は対照的で、昔から「多感」なマリアンに人気があるようですが、わたしは「分別」のエリナーの行動のほうが共感できるなあ。トシをとったからでしょうか^^;
ま、ヒーローとしてのエドワードにはさして魅力はない、かも。ウィロビーは…このタイプの男性は、オースティン作品によく登場します。『高慢と偏見』の美貌の将校ウィッカム。『エマ』の陽気な美男子フランク・チャーチル。
オースティン作品では人当たりのいい美男子は、途中で、なんだかこの男怪しいぞ…ということになり、実はサイアクな男だった〜と発覚することが多い。若いお嬢様がたには、いい教訓になることでしょう(笑)。
『分別と多感』のウィロビーはほんとにヒドい奴、『高慢と偏見』のウィッカムはダーシーのおかげでなんとか体面を保ち、『エマ』のフランク・チャーチルは、秘密を隠しとおすために嘘をついていたけれど、それほど悪い奴ではありませんでした。
ここらへんのキャラクターの動かし方の変化、作品を時間軸で追っていくと、オースティンの円熟度がうかがえて面白い。
また『分別と多感』では、舞台が田舎のバートン・コテッジから、ロンドンという大都会にうつり、当時のロンドンの中上流階級の華やかな暮らしぶりが垣間見えるのも興味深いです。

さて、ちくま文庫のオースティン作品は、カバー装画が雰囲気たっぷり。19世紀初頭のイギリス中上流階級の風俗が伝わってきます。
これを伝統と優雅と見るか、植民地からの搾取による豊かさと見るか…はさておき、何よりオースティン作品は永遠の、さまざまな読み方のできる、すばらしい人間喜劇であると思います。

→Amazon「分別と多感 (ちくま文庫)

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マンスフィールド・パーク (中公文庫)

「マンスフィールド・パーク」

ジェイン・オースティン 著/大島一彦 訳(中公文庫)
貧しい家に生まれた主人公ファニーは、十歳のとき、親戚でもある准男爵サー・トーマスのお屋敷、マンスフィールド・パークにひきとられます。
おとなしい性格の上、身分の違いから蔑まれることもあったりして、お屋敷の中でファニーは控えめで目立たない存在でしたが、従兄のエドマンドは優しく彼女を見守り、励まし、良い方向へ導きます。
やがて優しさと機知に富む女性に成長したファニー。彼女は自分を見守ってくれるエドマンドに思いを寄せるようになっていましたが、都会暮らしに慣れたクロフォード兄妹との交流が、マンスフィールド・パークの人間関係に変化をもたらします…。

『マンスフィールド・パーク』は、オースティン後期の名作。他のオースティン作品と比べると、少し地味で真面目な印象で、中公文庫版の硬めの訳が似合っています。
とはいえ『マンスフィールド・パーク』は、オースティン作品のなかではいちばん文学的だと感じるし、出版時には読者の反応がわかれたといいますが、わたしはけっこう好きです。
ファニーの幼い頃から、大人の女性になり幸せを掴むまでが、ゆっくりとした展開で描かれ、その中に巧妙な仕掛けが施され、伏線がはられて、やはり次へ次へと読まされてしまいます。
ファニーはほんとにいい子なので、ファニーの良さをよく知っているはずの、むしろファニーをそのように育てたエドマンドが、なんでファニーでなくてミス・クロフォードみたいないわゆる「俗物」的な女性に惹かれてしまうのか、わからん!という感じです。
そんなエドマンドを悲しく思いつづけるファニー…地味だけどロマンスの要素もたっぷりあります。
美男子じゃないけど人当たりがよくて女好きのするミスター・クロフォードは、『分別と多感』のウィロビーの系統のキャラクターを、さらに練った感じでしょうか。
彼がファニーに思いを寄せて、最後にとんでもないどんでん返しを演じるのだけど、ここらへんの筆さばきも、『分別と多感』から『マンスフィールド・パーク』にいたって、円熟味が増していると思います。

マンスフィールド・パーク (ちくま文庫) またマンスフィールド・パークはまさに英国のカントリー・ハウスで、ファニーは広大な敷地内で乗馬を楽しんだりしていますが、この優雅な田舎のお屋敷暮らしと、港町ポーツマスのファニーの実家の様子が対照的に描かれているところもポイント。
ただマンスフィールド・パークがよくて、ファニーの貧しい実家が駄目だというのでなくて、オースティンらしく鋭く機知に富んだ意見が披露されていて、興味深いです。

←2010年11月、ちくま文庫から中野康司氏による新訳が出ました。

→Amazon「マンスフィールド・パーク (中公文庫)
→Amazon「マンスフィールド・パーク (ちくま文庫)

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説得 (ちくま文庫)

「説得」

ジェイン・オースティン 著/中野康司 訳(ちくま文庫)
准男爵の娘アン・エリオットは、27歳になるが独身。花の盛りも過ぎ、父からも姉からも役に立たないと思われている、影の薄い女性です。
8年前、階級意識のつよい家族や周囲の人間に「説得」され、海軍軍人ウェントワースとの結婚をあきらめてしまったことが、アンの心に影を落とし、容貌もやつれさせているのでした。
さて時代は無能な地主階級が没落してゆく頃。アンの父も例に漏れず、浪費によって維持できなくなったケリンチ屋敷を、クロフト提督に貸すことになってしまいます。ところがそのクロフト提督の妻は、何と今は大佐となったウェントワースのお姉さんだったのです。
クロフト提督夫妻をたずねてきたウェントワースと再会することになったアンの心は、秋の木の葉のように乱れます…。

オースティンの最後の作品。ヒロインのアン・エリオットは花の盛りも過ぎた27歳。 英国の田舎の秋のしみじみと美しい風景描写に、アンの心情がかさねられ、地味で落ち着いた作風ですが、この作品がいちばん、恋愛小説として、どきどきはらはらさせられる展開になっているのです。
昔ふった男と再会、両者ともいまだ独身。あの人は今でもわたしのことを…と揺れる女心。時代が時代、状況が状況だけに、ふたりのはっきりとした会話や接触がないのに、アンはウェントワース大佐のほんの些細な言動から、落ち込んだり、喜んだり。まさに中学生のような乙女心。
他にもウェントワース大佐に思いを寄せる若い女の子も現われて、どうなるのか…とやきもきさせられ、物語の中盤に、「あっ!」という出来事が起こって、そこから風向きが変わるというか、アンに気のある素ぶりの紳士があらわれたり、ウェントワース大佐がアンへの恋心を蘇らせたように見えたりで、そのまま最後まで読まされてしまいます。
舞台は英国の田舎から、海辺のライム、社交の街バースへとうつり、当時の風俗もやはり興味深いです。

最晩年の作品だけあって、小説の中に散りばめられた名言も味わい深いです。これは訳者あとがきにもあげられているけれど「人間は自分の家を離れると、何者でもない存在になってしまう」だとか、「家族の平和は、たとえ表面的な平和でも保ったほうがいい。その底に永続的なものがなくても、その平和をわざわざ乱す必要はない」など。
は〜、ほんとオースティンを読んでいると、人間性、人間の関係性、人生の移ろいについて、考えさせられるし、納得させられます。

ちなみにこの作品については、岩波文庫では『説きふせられて』というタイトルで、中公文庫からは『説得』のタイトルで、それぞれ刊行されています。

→Amazon「説得 (ちくま文庫)

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ノーサンガー・アビー (ちくま文庫) ノーサンガー・アベイ

「ノーサンガー・アビー」
ジェイン・オースティン 著/中野康司 訳(ちくま文庫)

「ノーサンガー・アベイ」
ジェーン・オースティン 著/中尾真理 訳
(キネマ旬報社)

『ノーサンガー・アビー』は最初期に書かれた作品ですが、出版されたのはオースティンの死後のこと。ゴシック小説(アン・ラドクリフ『ユードルフォの謎』など)のパロディが盛り込まれていることでも有名です。
主人公は、およそヒロインにふさわしからぬ平凡な17才の少女キャサリン。彼女を可愛がってくれる地主夫妻とともにリゾート地バースに出かけ、ダンスパーティや観劇など社交を楽しみます。ティルニー兄妹と知り合ったキャサリンは、兄のヘンリーに思いを寄せ、妹のエリナーに友情を感じます。
ゴシック小説を愛読するキャサリンは、兄妹の父ティルニー将軍から、ティルニー家のお屋敷ノーサンガー・アビーに招待され有頂天に。古めかしいノーサンガー・アビーで、小説のような惨劇が待っているかと思いきや…。元祖ラブコメともいうべき面白さ。

冒頭からゴシック小説のパロディ満載! 主人公キャサリンの父について「娘を幽閉する趣味などは持ち合わせていなかった」とか、母について「誰でも期待するように、キャサリンをこの世に送り出すときに死んでしまう代わりに、彼女はまだ生きていた」とか書かれていて、かなり笑えます(「」内は、単行本『ノーサンガー・アベイ』より)。
リゾート地バースでの社交の様子から、一転、静かなお屋敷ノーサンガー・アビーに舞台が移るのも楽しい。
さすがに最初期の作ということで、キャサリンとヘンリーの恋に、たいした紆余曲折がなかったり、ノーサンガー・アビーでのキャサリンのゴシック小説に影響された妄想のくだりなど、少し冗長かなという気もしますが、何しろキャサリンが明るくて前向きでかわいいし、新しいヒロイン像、新しい小説を作ろうとするオースティンの意気込みも感じられ、楽しく読むことができます。
作中にこんな文章があります。「つまり小説とは、偉大な知性が示された作品であり、人間性に対する完璧な知識と、さまざまな人間性に関する適切な描写と、はつらつとした機知とユーモアが、選び抜かれた言葉によって世に伝えられた作品なのである」(文庫『ノーサンガー・アビー』より)と。小説について熱く語るオースティンの言葉は、彼女の作品そのものを言い表していると思います。

単行本『ノーサンガー・アベイ』の巻頭には、舞台となっている当時のバースの街の地図と、参考としてミルトン・アベイの改良前と後の版画が掲載されています。 巻末には、作中で扱われるアン・ラドクリフ『ユードルフォの謎』『森のロマンス』の抜粋も付されているので、とても親切。ゴシック小説を知らなくても、充分楽しめるよう配慮されています。
文庫本『ノーサンガー・アビー』は、訳が新しく、海外小説が苦手な方にも読みやすいのでは。

*「ノーサンガー・アベイ」「ノーサンガー・アビー」というタイトル訳ですが、これは要するに「ノーサンガー僧院」とか「ノーサンガー修道院」という意味です(英語堪能な方には余計なお世話ですが〜)。英国では古い修道院を改修して貴族や地主階級がお屋敷にしているんですよね。『エマ』のナイトリー氏が住んでいるのも、「ドンウェル・アビー」という昔修道院だった古い建物です。

→Amazon「ノーサンガー・アベイ」(単行本)
ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)」(文庫本)

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▼書簡集


ジェイン・オースティンの手紙 (岩波文庫)

「ジェイン・オースティンの手紙」

新井潤美 編訳(岩波文庫)
オースティンの長編6編を読了しても、オースティン関連本は、まだまだあるのです!
『ジェイン・オースティンの手紙』は、オースティンが姉キャサンドラなどに宛てた手紙を精選した書簡集。
この手紙の文章、オースティンの小説の中に出てくる手紙みたい。
オースティンの生活も小説そのまんまという感じで、昨夜の舞踏会が楽しかっただの、誰それの馬車に乗せてほしいだの、絹のストッキングを買う買わないだの、そんなことばかり書いてあります。
でも、そんなこと、が面白いんだよね〜。
オースティンの気取りのなさがこれらの書簡から読みとれて、彼女が、後世の人間に「偉大な作家」なんて形容されていることを知ったら、面白い冗談を聞いたみたいに、くすくす笑ってしまうんだろうな〜、なんて思いました。
オースティンの辛辣な観察眼や、茶目っけたっぷりなところ、やはり『高慢と偏見』の主人公エリザベスに通じるのかなと思います。
姉キャサンドラとの姉妹愛も、『高慢と偏見』のエリザベスとジェーンに似ているし。兄弟への愛情の深さも、『マンスフィールド・パーク』のファニーと兄ウィリアムの関係を思い出させます。
「田舎の村の三つか四つの家族というのは恰好の題材です」(1814年9月9日付の書簡)と言ったオースティン。とにかくこれを読むと、オースティンが自身の日常から材を得ていただろうことがうかがえます。
解説もたくさんあり、200年前のイギリスの風俗を垣間見るのも楽しみな一冊。

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▼関連書籍


ジェイン・オースティン ファッション

「ジェイン・オースティン ファッション」

ぺネロープ・バード 著/能澤慧子 監訳/杉浦悦子 訳(テクノレヴュー)
オースティンを読んでいて、生き生きとした登場人物たちの姿を思い描くとき、でも200年前のイギリスの服装って、どんな??と悩むことがしばしば。
まあ正確に細かいことはわからなくとも、オースティンの小説は十分面白いのですけど、当時の風俗に興味をおぼえた方(それはわたしです)には、この本は参考になります。

ジェイン・オースティンが生きた時代の服飾文化について、オースティンの作品や書簡をひいて解説した一冊。
「ファッション・プレート」と呼ばれる、当時、流行を雑誌で紹介するために描かれた版画が、カラーで34枚収録されており、目にも楽しくわかりやすい。 また、この本やオースティンの小説に出てくるテキスタイル・ファッション用語の解説があり、モスリンとポプリンの違いがわかって、なるほど〜と思ったりして。
『若草物語』や『赤毛のアン』を読んでいても、モスリンってどんな生地なんだろうと思っていたので、よくわかって嬉しい。
オースティンが刺繍したモスリンのスカーフや、書簡に登場する弟チャールズが姉ジェインとキャサンドラに贈ったトパーズの十字架の写真などが掲載されているのも、ファンには興味津々。
チャールズが贈ったトパーズの十字架は、『マンスフィールド・パーク』のファニーの琥珀の十字架のアイデアになったとも言われるので、小説世界を想像するための助けになります。

エマ (下) (ちくま文庫) あと、ちくま文庫『分別と多感』『エマ』『説得』の雰囲気たっぶりのカバーは、この本にも収録されている「ファッション・プレート」が使われていたことがわかり、ますます楽しい(^-^)
『エマ』の下巻の表紙なんか、とってもかわいい!と思っていたから。(左の表紙画像です。『ジェイン・オースティン ファッション』には、こういう「ファッション・プレート」が多数収録されており、身に着けているものについての、詳しい解説もついてます)

オースティンの世界にどっぶりひたりながら、いつの世も変わらぬ女性のファッションへの関心の高さに、共感することしきりです。

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ジェイン・オースティン料理読本

「ジェイン・オースティン料理読本」

マギー・ブラック,ディアドレ・ル・フェイ 著/中尾真理 訳(晶文社)
オースティン関連本、今度はお料理について。
オースティンが生きた、200年前のイギリスの生活で、服装とともに気になったのが料理です。
オースティンの小説は、食べ物に関する描写はあまり多くはないのだけれど、”ディナーに招かれる”という場面はよく出てくるし、そこでいったいどんなものが食されていたのか、知りたくなりました。

『ジェイン・オースティン料理読本』は、200年前のイギリスのレシピと、それを現代版にアレンジしたレシピを併記した、ユニークな料理本。
当時のレシピは、ジェインと姉キャサンドラの友人で、チョートン時代はジェイン母娘とともに暮らしていた、マーサ・ロイドのレシピ・ノートからとられたもの。
『ジェイン・オースティンの手紙』でも、マーサ・ロイドの名はよく登場しますし、ジェインがマーサに宛てた手紙もいくつか収録されています。マーサのレシピは、オースティン家の食卓の様子、200年前のイギリスの食生活を伝えてくれるものなのです。
この本では、最初の50ページほどで、「オースティンの時代の社交と暮らし」「作品と手紙にみる食卓」「マーサ・ロイドのレシピ・ノート」として、当時の食習慣について、オースティンの作品や書簡などをひきながら解説してくれていて、これが興味深いです。
以降はレシピ集で、現代のレシピ本とは違って完成写真などは載っていません。ですが、当時のレシピは現代のレシピとは違って、文章で「おっとりと」書かれていて面白いです。社交が盛んだった時代のこと、華やかに見える盛り付けの工夫などが随所に記されています。
この当時のレシピを再現するにはということで、材料や分量をわかりやすく示した現代版レシピが併記されているので、こちらも参考になります。

現代のそれとはかなり異なる当時の食卓の風景を知れば、オースティン作品がさらに面白く読めること間違いなしです。

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図説 ジェイン・オースティン (シリーズ作家の生涯)

「図説ジェイン・オースティン」

シリーズ作家の生涯
ディアドリー・ル・フェイ 著/川成 洋 監訳/太田美智子 訳
(ミュージアム図書)
この「シリーズ作家の生涯」は、大英図書館が秘蔵する貴重な資料や多数のカラー図版を示しながら、有名な作家たちの生涯をたどるというもの。
著者のディアドリー・ル・フェイは、『ジェイン・オースティン料理読本』も手がけているオースティン研究家で、テキストは一般の読者向けに書かれた、丁寧でわかりやすいものです。
ジェインや家族の肖像画、ジェインが暮らしたスティーブントンの牧師館の絵やチョートン・コテージの写真、ジェインが生きた時代のベイジングストークやバースの社交会館の絵などの図版が、多数掲載されています。
オースティンと彼女が生きた時代に関する、視覚的な情報が得られるのがありがたく、『ジェイン・オースティンの手紙』とあわせ読むと、なお面白いです。
ごく平凡な生涯と、日常生活の些細な事柄から、オースティンという偉大な作家が創作のヒントをどう得ていたのか…どうしても想像力をたくましくしてしまいます。

→Amazon「図説 ジェイン・オースティン (シリーズ作家の生涯)

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